拝啓、元婚約者様 捨てた私のことはお構いなく
 アンナはてきぱきと夕食の準備をして、テーブルにはバランスのよい食事が並べられた。
 メインは鶏肉と根菜を煮込んだシチューだ。フィーヌはそれを一口食べる。
 
「あっ、美味しい……」
「まあ、お口に合ったようでよかったです。料理人に伝えておきますね」
「ええ、ありがとう」
 
 フィーヌは頷く。

 (メイドがいい子そうなのはせめてもの救いね)
 
 少なくとも、アンナと一緒に過ごしている時間は穏やかなものになりそうな気がした。
 食事が終わると、アンナは食器を下げてゆく。

「しばらくしたら、夜のご準備をお手伝いさせていただきますね」
「夜の準備?」
「はい。旦那様のご結婚が嬉しくて、張り切ってとても可愛いナイトウェアをご用意したんです」

 にこにこするアンナの反応にハッとする。

(そっか。今日って──)

 フィーヌとホークの婚姻届けは既に貴族院に提出されているので、ふたりは夫婦だ。
 夫婦で初めて過ごす夜といえば初夜である。
 あれよあれよという間に体を清められて着せられたのは、前にリボンが付いた可愛らしいナイトウェアだった。薄い生地はほんのりと肌が透けており、大事なところは隠しているのに際どい部分はちらりと見える、扇情的なデザインだ。

(どうしよう。とてもそんな気分じゃないわ)
 
 ベッドの端に座って、途方に暮れる。
 フィーヌは公爵家に嫁ぐべく育てられたので、貴族の当主の妻の一番の役目が嫡男を産むことであることは理解している。けれど、子供を産むだけの道具のように扱われるのは納得いかない。
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