拝啓、元婚約者様 捨てた私のことはお構いなく

「そうだわ。ねえヴァル、ロサイダー領は荒れ地が大部分を占めるんだけど、それをダイナー公爵領のように肥沃な大地に変えることもできるかしら?」
「広さはどれくらいだ?」
「ダイナー公爵領の倍くらいね」
「倍か。ちょっくら時間がかかるが、オイラにかかれば朝飯前だよ。任せとけ!」
「ありがとうヴァル。お願いね」

 にっこり微笑むフィーヌに手を振って、ヴァルは大地の中に消えて行った。

(ダイナー公爵領のときは二カ月くらいかかったから、その倍くらいかしら?)

 たとえ半年かかったとしても、今は十月。春の作付けには間に合いそうだ。

(さてと、散歩の続きに──) 
 
 フィーヌはくるりと体の向きを変える。

「アンナ、ごめんなさい。驚かせてしまったわね。ひとりでぶつぶつ喋っていて気持ち悪かったわよね」

 フィーヌは眉尻を下げる。
 フィーヌの神恵の『土の声を聴く』は正確に言うと土の精であるノームと会話できる力だ。普通の人に土の精霊であるノームの姿は見えないので、フィーヌが土と話しているときはひとりごとを言っているように見えるのだ。
 
「気持ちが悪いだなんて、とんでもない! 奥様の神恵がこんなに素晴らしいなんて! 早速旦那様にご報告しましょう。きっとお喜びになります」

 アンナはぱあっと顔を明るくし、顔の前で指を組む。それを聞いたフィーヌはハッとした。

「だ、だめ!」
「え? どうしてですか?」
 
 アンナは不思議そうに首を傾げる。
 
「ごめんなさい。あんまり、言いたくないかな……」

 フィーヌはアンナから目を逸らす。
 脳裏に蘇るのは、かつての婚約者とのやり取りだ。

 ──バナージと婚約していた頃、フィーヌは神恵を使って土地を肥沃に変え、地下に埋まっている鉱石を探し、将来の嫁ぎ先の役に立ちたいと努力した。
 ヴァルの手助けのおかげでダイナー公爵領は国内有数の生産量を誇る豊かな農地が広がり、さらには金鉱石による利権で莫大な富を築いたはずだ。
 
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