それが例え偽りの愛だとしても
婚礼の前に、こうして触れられることが、許されるのか分からない。

けれど私は——
この人の腕の中にいることが、心の底から幸せだと思ってしまった。

それが偽りの上に成り立っていることを、忘れるほどに。

「よくやったぞ、沙奈。」

本邸から戻った私に、父は珍しく声を弾ませていた。

「……え?」

「婚礼の前に会いにくるとは……おまえに惚れてるってことだ。」

父の口元がにやけている。

その笑みは、娘の幸せを喜ぶそれではなかった。

「これはいい方向に進んでいる。……矢井田にしては、なかなか上出来な男だな。」

興奮したように父は頷きながら、手を叩いた。

「いいか、沙奈。もしまた会いに来たら、積極的に会うんだ。」

「……はい。」

その声は、自分のものではないようだった。
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