私の年下メガネくん
「メガネってその日にできると思ってた」
「普通程度の近視だと即日みたいですね。俺は視力が悪いんで……。本当に今日はありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げられて、これで終わりなのか、と楓子は思った。てっきり夕食まで一緒にいられると思ったのに。

「そもそも私のせいだから」
「いえ、俺が呼び止めたせいで……」

「そうだ、あのとき、なんだったの?」
「……お礼を言いたくて」
 楓子は首をかしげる。

「俺、昔っから存在感なくて。あの日、花蔵さんが『柿田君は存在感ありすぎ』って注意してくれて、それが嬉しくて」
 楓子はまばたきを繰り返した。そんなふうに思ってくれたなんて、思いもしなかった。
「でも柿田とは仲良いんで、あれくらいは大丈夫です。あいつ、誰とでも仲良くできてうらやましい」
「私もうらやましい」
 うんうんと頷くと葵がくすっと笑う。

「今日は花蔵さんのこといっぱい知れて嬉しいです」
 楓子の顔にかーっと血が昇り、思わず顔を伏せた。
「私も」
 答えると、葵が無言になる。
 ちらりと見ると、彼は顔を隠すように手を額に当てていた。

 彼はふうっと息を吐き、きりっと楓子を見る。
「今日はお礼にごはんをおごらせてください!」
「それならメガネを割ったお詫びに私がおごるよ」

「ダメです、俺がおごるんで!」
 勢いこんで言う彼に、よこしまな気持ちがわいてくる。彼の提案に乗れば、もう少し一緒にいられる。おごりのお礼にとまた誘うことができるかもしれない。
「じゃ、遠慮なく。ありがとね」
 そう答えると、彼はまた顔を笑みに輝かせた。
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