私の年下メガネくん
 心当たりはふたつある。ひとつは葵との交際。公表していないが、爽真は気付いているだろう。浮かれて仕事の質が落ちたのだと思われたなら、そんな恥ずかしいことはない。
『進行中のものを共有アプリにあげておいてくれ。ほかに回せるものは回す』
『……はい』
 そう答えたとき、視界の隅で夢華がほくそ笑んでいるのが見えた。

 もうひとつは彼女のことだった。彼女が書類作成の事前処理をやらないせいで、楓子が残業することになる。
 それを爽真に言うのははばかられた。主任に引き上げてくれた彼に、きちんと仕事をこなせていると思われたい。

「花蔵さん」
 声をかけられて顔をあげると、葵が立っていた。
 彼は隣に座り、楓子を見る。

「残業、続いてますよね。なにか困ってるんじゃないんですか?」
 聞かれて、喉まで言葉が出かかった。
 夢華に嫌がらせをされている。それを言えたら。愚痴を吐けたら。
 だけど、結局はにっこりと笑ってみせた。せっかく自分に憧れてくれたのだ。かっこ悪いところを見せたくない。

「大丈夫だよ」
 彼の眉が悲し気に下がった。
「俺じゃ、頼りになりませんか? やっぱり課長みたいな男でないと……」
「そんなことない。葵くんといると癒されるよ」
 こんなに葵を好きなのに、そんなことを言われるなんて。爽真を男として慕ったことなんてない。だけど、職場でそんなことを言えない。

「困ったらいつでも言ってください。やっぱ男なんで、頼られたいです」
 きりっとした顔で見つめられ、楓子の心臓が大きく脈打った。
「ありがとう」
 頬を染めて答えると、彼はようやく微笑を浮かべた。
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