私の年下メガネくん
「大丈夫か」
 尋ねる声がうわずっていないのが奇跡だ、と爽真は思った。
「すみません」
 ふと顔を上げると、葵が鋭い目でこちらをにらんでいた。思わず楓子を抱く手に力がこもる。

「課長?」
 怪訝な声に、爽真はあきらめたように手を離した。
「気を付けろ。なにもないところで転ぶなんて運動不足すぎる」
 爽真は再び葵を見る。燃えるようなまなざしに、ふっと笑みを返して見せた。

***

 楓子が爽真とほぼ同時に立ち上がるのを見て、葵は落ち着かなくなった。
 最近、彼女との意思疎通がうまくいっていない。
 会社では避けられるし、メッセージを送ってもあたりさわりのない答えばかりだ。

 一和の仕事を奪ったからか、と歯ぎしりをする。
 これには理由がある。顔を合わせて説明したいが、ふたりきりで会えなくてそれができなかった。電話をしようにも、時間がないと断られている。
 メッセージで説明したほうが早いだろうか。今日帰ったらそうしよう。仕事中は嫌がるだろうから。

 扉が開いた気配に小会議室を見ると、ふたりが出て来るのが見えた。
 直後、楓子がつまずいて爽真に抱きかかえられる。
 思わずにらみつけると、爽真と目があった。彼は意に介した様子もなく楓子に目を戻す。

「気を付けろ。なにもないところで転ぶなんて運動不足すぎる」
 爽真の声はやや大きい。目撃者に事故だと印象づけるためだろう。
「はい、すみません」
 楓子はしょんぼりと謝っている。
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