桜の別れ道

桜の別れ道

桜が舞い散る通学路。いつものように、少し遅れて美紅が隣に並んだ。

美紅
「おはよう」

紅璃
「おはよう」
いつもと変わらない挨拶。でも、今日はなんだか違う気がした。美紅の表情は少し硬く、どこか寂しげに見える。

美紅
「ねえ、聞いてくれる？」

紅璃
「うん、どうしたの？」

美紅
「父さんの仕事の関係で、引っ越すことになったんだ。来週には、もうここにはいない。」

紅璃
（引っ越し…？ そんな、急に…）
頭の中が真っ白になった。美紅が、もうすぐここにいなくなる。そう思うと、胸が締め付けられるように苦しい。

紅璃
「そっか…」

短い言葉しか出てこなかった。何を言えばいいのか、わからなかった。

美紅
「ごめんね、急に。でも、言っておきたかったんだ」

紅璃
「ううん、教えてくれてありがとう」
無理して笑顔を作った。泣きそうな顔を見られたくなかったから。
それから、ぎこちない会話が続いた。いつものように笑い合っているのに、どこかぎこちない。時間がゆっくりと過ぎていくように感じた。
校門に着くと、美紅は立ち止まり、紅璃の方を向いた。

美紅
「今まで、ありがとう。君と会えて、本当に嬉しかった」
紅璃も、美紅と会えてよかった。
そう言うと、美紅は少しだけ微笑んだ。その笑顔が、目に焼き付いて離れない。

美紅
「また、どこかで会えるといいね」

紅璃
「うん、きっと」
美紅は手を振って、人混みの中に消えていった。紅璃は、その背中をいつまでも見送っていた。
桜の花びらが、風に舞い、紅璃に降りかかる。それはまるで、美紅の涙のようだった。

紅璃
（これで、お別れなんだ…）
初めての恋が終わった。胸の中にぽっかりと穴が開いたみたいだったけれど、同時に、温かいものが残っていることにも気づいた。美紅と過ごした時間は、紅璃にとってかけがえのない宝物だ。
紅璃は、美紅との思い出を胸に、前を向いて歩き出す決意をする。
美紅の背中が見えなくなるまで、紅璃は立ち尽くしていた。桜の花びらが、まるで雪のように髪や肩に降り積もる。

紅璃
（本当に、お別れなんだ…）
ぽっかりと心に空いた穴は、簡単には埋まりそうになかった。初めての恋が終わった喪失感は、想像以上に大きかった。

紅璃
（でも…）
紅璃は、ゆっくりと顔を上げた。空はどこまでも青く、桜の花びらがキラキラと輝いている。美紅と出会えたこと、一緒に過ごした時間、全てが大切な思い出として、紅璃の心に刻まれている。

紅璃
（泣いてばかりいられない。美紅との出会いは、私を成長させてくれたんだから）
紅璃は、深呼吸をした。胸いっぱいに春の空気を吸い込むと、少しだけ心が軽くなった気がした。

紅璃（進もう）

校舎に向かって歩き出す。足取りは、さっきよりもずっと軽やかだった。教室では、友達がいつものように笑い合っている声が聞こえてくる。その声を聞いていると、自然と笑顔がこぼれた。

紅璃
「おはよう！」
紅璃は、いつものように元気に挨拶をした。友達は、少し驚いたような顔をしたけれど、すぐに笑顔で応えてくれた。他愛もない話をしているうちに、美紅のことを少しだけ忘れられた。
放課後、紅璃は一人で屋上に向かった。夕焼け空が、街をオレンジ色に染めている。フェンスにもたれかかり、遠くの景色を眺めていると、また少しだけ美紅のことを思い出した。

紅璃
（元気でいるかな…）
ふと、美紅の言葉を思い出した。

「また、どこかで会えるといいね」


紅璃
（そうだ、きっとまた会える。だから、私も頑張ろう）
紅璃は、夕焼け空に向かって、そっと手を振った。そして、心の中で美紅に誓った。いつか、美紅に再会した時に、成長した自分を見せられるように、精一杯生きよう、と。
桜の花びらが、再び舞い始める。それはまるで、紅璃の決意を祝福してくれているかのようだった。