組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
地元でも――というより日本でも有数の、超有名な大企業の名刺は、細波に〝怪しくない男〟の信頼を持たせるには十分だったらしい。
「こちらこそ申し訳ありません。失礼いたしました」
名刺を見た途端、ペコッと頭を下げて店員が引き下がってしまう。
芽生が「待って!」と声を上げたと同時、細波が「ね、芽生ちゃん。分かったでしょう? ここではお店の邪魔になるし、僕の車で話そう?」と芽生の手をギュッと握ったまま否応なく歩き始めるのだ。
芽生が、そんな細波に連れて行かれまいと懸命に足を踏ん張ったその時――。
「オイ……!」
きっと、ここまで芽生を探して走り回ったのだろう。肩で息をしながら、佐山が芽生たちを呼び止めた。
***
正直危ないところだったと思う。
佐山が芽生を見つけた時、彼女は細波に連れ去られそうになっていた。
細波は今日たまたま新聞で記事を目にした『さかえグループ』の関係者で、相良から一番気を付けるように言われていた要注意人物だ。そんな男と姐さん(候補)を遭遇させただけでも大失態なのに、攫われでもしていたらと思うとゾッとする。
自分が声を掛けた瞬間の、芽生の縋るような表情を見ても、間に合って良かったと痛感させられた佐山だ。
佐山の顔を見た途端、細波は物凄くイヤそうな顔をして、すぐさま芽生の腕を放した。
そうして佐山が近寄るより早くあっという間に逃げてしまう。
余りの諦めの早さに、こちらの頭が追いつかなかったくらいだ。
芽生に対する細波の異常なまでの執着を思うと、不自然な気さえしたけれど取り急ぎ芽生の確保が最優先事項だ。
「ぶんぶん……」
今にもくず折れそうな心許ない様子の芽生のそばへ寄れば、即座にギュッとしがみつかれた。怖い思いをしたのだから仕方ないのかもしれないが、正直これはまずい。
佐山は芽生に縋りつかれながら、絶望的な思いで前方を見詰めた。
***
神田芽生を見失ってすぐ、佐山は重い懲罰を受けることを覚悟した上で相良京介に連絡を入れた。
『芽生に逃げられたか』
だが佐山が話す前にカシラはすでに現状を把握しているみたいにそう言って、
『なぁ佐山よ。俺はお前に寄り道を認めた覚えはねぇんだがな?』
電話の先、恐らくは紫煙とともに吐き出しているんだろう長い吐息を落とした。
カシラが苛ついているときや、心を落ち着けたいときに煙草を吸う癖があることを知っている佐山は、それだけでゾクリとさせられる。
「申し訳ありません」
芽生がATMに寄りたがってごねたとか、腹が痛いと嘘をついて逃げたとか、言い訳したいことは色々あったけれど、そんなことをしたところで意味がない。それが分かっている佐山は謝罪のみを口にしたのだが、すぐさま『ワオンモールだな?』と畳みかけられて、カシラはすでに芽生の携帯のGPSをチェック済みなのだと悟った。
「はい。間違いありません」
罰なら芽生を無事見つけたあとでいくらでも受けるつもりで、佐山が一階を目指しながら答えたら、『分かった。とりあえず話はあとだ。テメェは今やるべきことをやれ』とだけ告げられて電話が切れた。
***
そんなことがあったから、相良京介がこちらに向かっていることは何となく察しがついていた佐山だ。でも、(それにしてもタイミング悪すぎだろ?)と思わずにはいられない。
芽生は背後から近づいてくる形になっていて気付いていないようだが、ワオンモールの正面入り口の方からこちらへ向かってくる相良京介の姿を一早く視認していた佐山としては、今すぐにでも芽生から離れたい。
かといって自分に取り縋って震えている芽生を突き飛ばすわけにもいかず、佐山は先の大失態も含めて針の筵だ。
「芽生」
静かに聞こえるが、佐山にとっては震え上がるような声音で告げられた芽生を呼ばわる声に、驚いたことに芽生は泣きそうになりながらもホッとした顔をする。
「京ちゃん……!」
つぶやくなり佐山から離れると、どう考えても今近付くのは得策ではないとしか思えないカシラに、ギュウッとしがみ付くのだ。
それが佐山には信じられなかったけれど、それだけ神田芽生という女性にとって、相良京介という男は特別な存在なんだろう。
「こちらこそ申し訳ありません。失礼いたしました」
名刺を見た途端、ペコッと頭を下げて店員が引き下がってしまう。
芽生が「待って!」と声を上げたと同時、細波が「ね、芽生ちゃん。分かったでしょう? ここではお店の邪魔になるし、僕の車で話そう?」と芽生の手をギュッと握ったまま否応なく歩き始めるのだ。
芽生が、そんな細波に連れて行かれまいと懸命に足を踏ん張ったその時――。
「オイ……!」
きっと、ここまで芽生を探して走り回ったのだろう。肩で息をしながら、佐山が芽生たちを呼び止めた。
***
正直危ないところだったと思う。
佐山が芽生を見つけた時、彼女は細波に連れ去られそうになっていた。
細波は今日たまたま新聞で記事を目にした『さかえグループ』の関係者で、相良から一番気を付けるように言われていた要注意人物だ。そんな男と姐さん(候補)を遭遇させただけでも大失態なのに、攫われでもしていたらと思うとゾッとする。
自分が声を掛けた瞬間の、芽生の縋るような表情を見ても、間に合って良かったと痛感させられた佐山だ。
佐山の顔を見た途端、細波は物凄くイヤそうな顔をして、すぐさま芽生の腕を放した。
そうして佐山が近寄るより早くあっという間に逃げてしまう。
余りの諦めの早さに、こちらの頭が追いつかなかったくらいだ。
芽生に対する細波の異常なまでの執着を思うと、不自然な気さえしたけれど取り急ぎ芽生の確保が最優先事項だ。
「ぶんぶん……」
今にもくず折れそうな心許ない様子の芽生のそばへ寄れば、即座にギュッとしがみつかれた。怖い思いをしたのだから仕方ないのかもしれないが、正直これはまずい。
佐山は芽生に縋りつかれながら、絶望的な思いで前方を見詰めた。
***
神田芽生を見失ってすぐ、佐山は重い懲罰を受けることを覚悟した上で相良京介に連絡を入れた。
『芽生に逃げられたか』
だが佐山が話す前にカシラはすでに現状を把握しているみたいにそう言って、
『なぁ佐山よ。俺はお前に寄り道を認めた覚えはねぇんだがな?』
電話の先、恐らくは紫煙とともに吐き出しているんだろう長い吐息を落とした。
カシラが苛ついているときや、心を落ち着けたいときに煙草を吸う癖があることを知っている佐山は、それだけでゾクリとさせられる。
「申し訳ありません」
芽生がATMに寄りたがってごねたとか、腹が痛いと嘘をついて逃げたとか、言い訳したいことは色々あったけれど、そんなことをしたところで意味がない。それが分かっている佐山は謝罪のみを口にしたのだが、すぐさま『ワオンモールだな?』と畳みかけられて、カシラはすでに芽生の携帯のGPSをチェック済みなのだと悟った。
「はい。間違いありません」
罰なら芽生を無事見つけたあとでいくらでも受けるつもりで、佐山が一階を目指しながら答えたら、『分かった。とりあえず話はあとだ。テメェは今やるべきことをやれ』とだけ告げられて電話が切れた。
***
そんなことがあったから、相良京介がこちらに向かっていることは何となく察しがついていた佐山だ。でも、(それにしてもタイミング悪すぎだろ?)と思わずにはいられない。
芽生は背後から近づいてくる形になっていて気付いていないようだが、ワオンモールの正面入り口の方からこちらへ向かってくる相良京介の姿を一早く視認していた佐山としては、今すぐにでも芽生から離れたい。
かといって自分に取り縋って震えている芽生を突き飛ばすわけにもいかず、佐山は先の大失態も含めて針の筵だ。
「芽生」
静かに聞こえるが、佐山にとっては震え上がるような声音で告げられた芽生を呼ばわる声に、驚いたことに芽生は泣きそうになりながらもホッとした顔をする。
「京ちゃん……!」
つぶやくなり佐山から離れると、どう考えても今近付くのは得策ではないとしか思えないカシラに、ギュウッとしがみ付くのだ。
それが佐山には信じられなかったけれど、それだけ神田芽生という女性にとって、相良京介という男は特別な存在なんだろう。