組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
14.不機嫌な京介
「佐山」
芽生を抱き付かせたままの相良京介から呼び掛けられて、佐山は姿勢を正した。
さすがにこんなに人目のある場所で暴力沙汰にはならないだろうが、後ほど別の場で……というのは十分考えられる。
それを覚悟した上で神田芽生を見失ったことを報告したのだが、さすがにここまで空気をピリ付かされたのでは構えずにはいられない。
ごくりと生唾を飲み込んで、佐山が「はい」と答えたと同時、芽生が「京ちゃん……!」と会話に割り込んできた。
(すげぇな)
今のカシラに声を掛けられること自体、芽生のことを強者だと思ってしまった佐山だ。
「お願い、ブンブンを叱らないで? 悪いのは私なの!」
しかもカシラがそれに対して〝なんだ?〟とか〝どうした?〟とか一切返していないのに、そのまま話を続けてしまえることに一種の尊敬の念さえ覚えてしまう。
加えてその内容が、どうやら自分を庇おうとしてくれているらしいともなれば、その想いはなおさらで……。
佐山が思わず芽生の背中へ視線を向けたら、彼女を胸元にしがみ付かせたまま、カシラから凍り付くような目で睨み付けられる。
佐山だって色んな経験を積んできて、それなりに自分は肝が据わっている方だという自負があった。だがカシラから向けられたそれは、そんな自信が根こそぎ掻っ攫われてしまうような……そんな恐ろしい視線で、目なんて合わせていなくても、京介の全身から立ち上る雰囲気には周りを威圧する圧迫感があった。
現に、声を荒げているわけでもないのに、自然とカシラの周りだけ人が大きく避けて通っているのが分かる。
佐山は我知らず、喉の奥がヒリつくのを感じた。
それなのに、芽生はそんな近寄りがたいオーラを発しているカシラに縋りついたまま、その中心にいながらもカシラの顔をじっと見上げて続けるのだ。
「罰なら……私が全部受けるから! だから……」
「佐山には何もするなって言いてぇのか? なぁ子ヤギ。お前はそんなに佐山のことが大事なのか?」
〝アイツ〟と称された上、ちらりとこちらに投げかけられたカシラからの視線に、佐山は蛇に睨まれた蛙よろしく身動きが取れなくなる。
(これ、絶対大事って言っちゃダメなやつだ)
直感的にそう思った佐山だったのだが、芽生は「大事に決まってる! だって、ブンブンは毎日私のために色々頑張ってくれてるんだよ!?」と言い切るのだ。
瞬間、絶対零度というのはこういうのを言うんだろうと思い知らされた佐山である。
「そうか……」
熱を微塵も感じさせない声音で静かに落とされた〝そうか〟の三文字が、これほど怖いと感じられたことはないかもしれない。
「……佐山。テメェの処分は芽生から話を聞いたあとで決める。俺がいいって言うまで自宅待機だ」
淡々とした声音で「分かったな?」と念押しされて、佐山は「……分かりました」とやっとの思いで言葉をひねり出した。
「千崎。悪ぃが佐山が乗ってきた車でそいつを家まで送り届けてやってくれや。あと……」
そこまで言って、芽生を見下ろすと、「今から明日丸一日の予定はみんなキャンセルだ」と告げる。
佐山は相良京介の雰囲気に気圧されて、今まで彼の斜め後方にカシラの腹心である千崎雄二が控えていることに気付けないでいたことに軽くショックを受けた。
そうして、いつもならそんなことを言う京介をたしなめるはずの側近中の側近の千崎でさえも、何も言えずに会釈をしてカシラの言うことを了承したことにも驚かされてしまう。
「――行くぞ、佐山」
千崎にグイッと腕を引っ張られてその場から引き剥がすように連れ去られながら、佐山は正直ホッとしたのだ。
あの場にこれ以上居続けたら、寿命が数年単位で縮んでしまうような、そんな気がしたから。
もちろん、自分を庇ってくれた芽生のことは気になるけれど、佐山は「はい」と答えながら千崎のあとに続いた。
***
千崎に連れ去られていく佐山の背中を後ろ髪を引かれるような思いで見るとはなしに見つめていたら、「行くぞ」と抑揚を感じさせない声音で京介から呼び掛けられて、返事もしないうちにグイッと手を引かれる。
いつもなら芽生の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれる京介が、小走りしないと追いつけないスピードで進むことに京介からの怒りを思い知らされるようで、芽生は不安でたまらなくなった。
芽生を抱き付かせたままの相良京介から呼び掛けられて、佐山は姿勢を正した。
さすがにこんなに人目のある場所で暴力沙汰にはならないだろうが、後ほど別の場で……というのは十分考えられる。
それを覚悟した上で神田芽生を見失ったことを報告したのだが、さすがにここまで空気をピリ付かされたのでは構えずにはいられない。
ごくりと生唾を飲み込んで、佐山が「はい」と答えたと同時、芽生が「京ちゃん……!」と会話に割り込んできた。
(すげぇな)
今のカシラに声を掛けられること自体、芽生のことを強者だと思ってしまった佐山だ。
「お願い、ブンブンを叱らないで? 悪いのは私なの!」
しかもカシラがそれに対して〝なんだ?〟とか〝どうした?〟とか一切返していないのに、そのまま話を続けてしまえることに一種の尊敬の念さえ覚えてしまう。
加えてその内容が、どうやら自分を庇おうとしてくれているらしいともなれば、その想いはなおさらで……。
佐山が思わず芽生の背中へ視線を向けたら、彼女を胸元にしがみ付かせたまま、カシラから凍り付くような目で睨み付けられる。
佐山だって色んな経験を積んできて、それなりに自分は肝が据わっている方だという自負があった。だがカシラから向けられたそれは、そんな自信が根こそぎ掻っ攫われてしまうような……そんな恐ろしい視線で、目なんて合わせていなくても、京介の全身から立ち上る雰囲気には周りを威圧する圧迫感があった。
現に、声を荒げているわけでもないのに、自然とカシラの周りだけ人が大きく避けて通っているのが分かる。
佐山は我知らず、喉の奥がヒリつくのを感じた。
それなのに、芽生はそんな近寄りがたいオーラを発しているカシラに縋りついたまま、その中心にいながらもカシラの顔をじっと見上げて続けるのだ。
「罰なら……私が全部受けるから! だから……」
「佐山には何もするなって言いてぇのか? なぁ子ヤギ。お前はそんなに佐山のことが大事なのか?」
〝アイツ〟と称された上、ちらりとこちらに投げかけられたカシラからの視線に、佐山は蛇に睨まれた蛙よろしく身動きが取れなくなる。
(これ、絶対大事って言っちゃダメなやつだ)
直感的にそう思った佐山だったのだが、芽生は「大事に決まってる! だって、ブンブンは毎日私のために色々頑張ってくれてるんだよ!?」と言い切るのだ。
瞬間、絶対零度というのはこういうのを言うんだろうと思い知らされた佐山である。
「そうか……」
熱を微塵も感じさせない声音で静かに落とされた〝そうか〟の三文字が、これほど怖いと感じられたことはないかもしれない。
「……佐山。テメェの処分は芽生から話を聞いたあとで決める。俺がいいって言うまで自宅待機だ」
淡々とした声音で「分かったな?」と念押しされて、佐山は「……分かりました」とやっとの思いで言葉をひねり出した。
「千崎。悪ぃが佐山が乗ってきた車でそいつを家まで送り届けてやってくれや。あと……」
そこまで言って、芽生を見下ろすと、「今から明日丸一日の予定はみんなキャンセルだ」と告げる。
佐山は相良京介の雰囲気に気圧されて、今まで彼の斜め後方にカシラの腹心である千崎雄二が控えていることに気付けないでいたことに軽くショックを受けた。
そうして、いつもならそんなことを言う京介をたしなめるはずの側近中の側近の千崎でさえも、何も言えずに会釈をしてカシラの言うことを了承したことにも驚かされてしまう。
「――行くぞ、佐山」
千崎にグイッと腕を引っ張られてその場から引き剥がすように連れ去られながら、佐山は正直ホッとしたのだ。
あの場にこれ以上居続けたら、寿命が数年単位で縮んでしまうような、そんな気がしたから。
もちろん、自分を庇ってくれた芽生のことは気になるけれど、佐山は「はい」と答えながら千崎のあとに続いた。
***
千崎に連れ去られていく佐山の背中を後ろ髪を引かれるような思いで見るとはなしに見つめていたら、「行くぞ」と抑揚を感じさせない声音で京介から呼び掛けられて、返事もしないうちにグイッと手を引かれる。
いつもなら芽生の歩調に合わせてゆっくり歩いてくれる京介が、小走りしないと追いつけないスピードで進むことに京介からの怒りを思い知らされるようで、芽生は不安でたまらなくなった。