組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
洗面化粧台にすがるように尻を預けて、京介は芽生をじっと観察する。
「あ、あの、京ちゃん。私……」
今日も芽生は京介が選んだ服に身を包んでいる。黒地に小花柄のネルシャツワンピースの上に、黒いロングカーディガン。シャツワンピの首元はスタンドカラーになっているので、上まできっちりボタンを留めればそれなりに温かいですよ、とショップ店員から勧められたのを覚えている。
そのワンピースのボタンを上から二つ外したところで、芽生が戸惑いに揺れる瞳で京介を見つめてきた。
「さ、細波さんのニオイが気になるなら……私、あっちでお風呂に入ってくる、から。お仕置きならその後で……」
そう続ける芽生に「入るのはこっちの風呂で、俺の前で裸になるのが罰だ」と、いつも自分が使っている風呂を指定した上で、バカな意地悪をしたくなったのは何故だろう。
芽生は恋仲を否定したけれど、それを差し引いてもやたらと佐山のことを庇おうとするのが気に入らない。
極道の世界は男社会だから、誰を芽生に付けても大差ないはずだった。上層部の人間を小間使いにすることはさすがに出来ないから、必然的に若い衆の中から芽生の付き人を選んだのだ。一応面識があるってことで佐山を指定したのだが、こんなことになるのなら石矢を付ければよかった、と思ってしまった京介である。
元々京介の運転手をしている石矢は、芽生ともそこそこに顔見知りだ。京介がそんな石矢を芽生に付けなかったのは、普段の芽生の様子から芽生が石矢とすぐに打ち解けそうだと睨んだからだ。
逆に佐山を選んだのは、初見で芽生の扱いがぞんざいだったことを告白してきたからに他ならない。さすがの芽生も、自分に酷くした人間へ気を許すことはないだろうと甘く見ていたのだが……芽生の順応力を侮っていたことが腹立たしくてたまらない。
(バカ娘が!)
泣きそうな顔をして京介をじっと見つめる芽生に、舌打ちしたくなる。だがそんな感情を表に出すことすら、今は忌々しく感じるくらい京介は苛立っていた。
芽生が自分に庇護者へ抱く以上の恋心を持っていることは、京介だってさすがに気が付いている。
だが、堅気じゃない自分が、芽生の想いに応えることだけは絶対にあってはならないと思って、彼女とは一線引いて接しているのだ。
芽生は京介が年の差を気にして手を出さないと思っているようだが、相手が芽生じゃなければ大人の女相手に遠慮なんてするわけがない。ましてや芽生は顔、身体ともに京介にとってかなり好みのドストライクだと言っても過言ではなかった。
(けどな、マジで芽生だけはダメなんだよ)
幼いころ普通の生活が出来なかった分、芽生には《《まともな男と》》幸せな所帯を築いて欲しいと、京介は本気で希っている。
(いや、バカなのは俺か……)
本当なら芽生が施設を出て独り立ちした時点で、彼女に構うのは自粛するべきだった。
それを何だかんだと理由を付けてダラダラと干渉してきてしまったのは自分の弱さに他ならない。
こんな、〝まとも〟とはかけ離れた裏稼業をしている自分のことを無条件に慕ってくれる小さな女の子のことが、柄にもなく可愛くてたまらなくて……手放せなかったと言ったら組の者に笑われるだろうか。
千崎なんかはその危うさにいち早く気付いていて、ずっと警鐘を鳴らしてくれていたのだが、それを無視してぬるま湯から足を洗えなかった結果が今の不始末だ。
芽生が命を狙われている可能性に気が付いて保護してみたものの、それだって最初から自分が関わっていなければそうならなかっただろう。
芽生の身の安全が確保できたなら、今度こそ彼女とは関わりを断つべきだと覚悟している京介としては、芽生に自分と同じ世界に身を置く悪い虫が付くのだけは看過できない。
芽生と話を重ねれば重ねるほど、芽生が佐山を気に掛けているのを感じさせられて……。どうにかして《《極道者は理不尽で怖い》》と教えねばならない、と思ってしまった。
「でも、京ちゃん、私……」
「つべこべ言わずにさっさと脱げよ。――それともなにか? 俺の前じゃぁ裸になれねぇ理由でもあんのか」
考えたくないが、すでに佐山のお手付きになっている可能性だって否定できない気がして、京介は芽生が震える手で三つ目のボタンを外せずに躊躇している様を、冷ややかなまなざしで見詰める。
「あ、あの、京ちゃん。私……」
今日も芽生は京介が選んだ服に身を包んでいる。黒地に小花柄のネルシャツワンピースの上に、黒いロングカーディガン。シャツワンピの首元はスタンドカラーになっているので、上まできっちりボタンを留めればそれなりに温かいですよ、とショップ店員から勧められたのを覚えている。
そのワンピースのボタンを上から二つ外したところで、芽生が戸惑いに揺れる瞳で京介を見つめてきた。
「さ、細波さんのニオイが気になるなら……私、あっちでお風呂に入ってくる、から。お仕置きならその後で……」
そう続ける芽生に「入るのはこっちの風呂で、俺の前で裸になるのが罰だ」と、いつも自分が使っている風呂を指定した上で、バカな意地悪をしたくなったのは何故だろう。
芽生は恋仲を否定したけれど、それを差し引いてもやたらと佐山のことを庇おうとするのが気に入らない。
極道の世界は男社会だから、誰を芽生に付けても大差ないはずだった。上層部の人間を小間使いにすることはさすがに出来ないから、必然的に若い衆の中から芽生の付き人を選んだのだ。一応面識があるってことで佐山を指定したのだが、こんなことになるのなら石矢を付ければよかった、と思ってしまった京介である。
元々京介の運転手をしている石矢は、芽生ともそこそこに顔見知りだ。京介がそんな石矢を芽生に付けなかったのは、普段の芽生の様子から芽生が石矢とすぐに打ち解けそうだと睨んだからだ。
逆に佐山を選んだのは、初見で芽生の扱いがぞんざいだったことを告白してきたからに他ならない。さすがの芽生も、自分に酷くした人間へ気を許すことはないだろうと甘く見ていたのだが……芽生の順応力を侮っていたことが腹立たしくてたまらない。
(バカ娘が!)
泣きそうな顔をして京介をじっと見つめる芽生に、舌打ちしたくなる。だがそんな感情を表に出すことすら、今は忌々しく感じるくらい京介は苛立っていた。
芽生が自分に庇護者へ抱く以上の恋心を持っていることは、京介だってさすがに気が付いている。
だが、堅気じゃない自分が、芽生の想いに応えることだけは絶対にあってはならないと思って、彼女とは一線引いて接しているのだ。
芽生は京介が年の差を気にして手を出さないと思っているようだが、相手が芽生じゃなければ大人の女相手に遠慮なんてするわけがない。ましてや芽生は顔、身体ともに京介にとってかなり好みのドストライクだと言っても過言ではなかった。
(けどな、マジで芽生だけはダメなんだよ)
幼いころ普通の生活が出来なかった分、芽生には《《まともな男と》》幸せな所帯を築いて欲しいと、京介は本気で希っている。
(いや、バカなのは俺か……)
本当なら芽生が施設を出て独り立ちした時点で、彼女に構うのは自粛するべきだった。
それを何だかんだと理由を付けてダラダラと干渉してきてしまったのは自分の弱さに他ならない。
こんな、〝まとも〟とはかけ離れた裏稼業をしている自分のことを無条件に慕ってくれる小さな女の子のことが、柄にもなく可愛くてたまらなくて……手放せなかったと言ったら組の者に笑われるだろうか。
千崎なんかはその危うさにいち早く気付いていて、ずっと警鐘を鳴らしてくれていたのだが、それを無視してぬるま湯から足を洗えなかった結果が今の不始末だ。
芽生が命を狙われている可能性に気が付いて保護してみたものの、それだって最初から自分が関わっていなければそうならなかっただろう。
芽生の身の安全が確保できたなら、今度こそ彼女とは関わりを断つべきだと覚悟している京介としては、芽生に自分と同じ世界に身を置く悪い虫が付くのだけは看過できない。
芽生と話を重ねれば重ねるほど、芽生が佐山を気に掛けているのを感じさせられて……。どうにかして《《極道者は理不尽で怖い》》と教えねばならない、と思ってしまった。
「でも、京ちゃん、私……」
「つべこべ言わずにさっさと脱げよ。――それともなにか? 俺の前じゃぁ裸になれねぇ理由でもあんのか」
考えたくないが、すでに佐山のお手付きになっている可能性だって否定できない気がして、京介は芽生が震える手で三つ目のボタンを外せずに躊躇している様を、冷ややかなまなざしで見詰める。