組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
20.不本意だけど必要?
「あー、別にラブホテルに入るからって何も今すぐにエッチなことをしようってわけじゃないから安心して?」
ギュッと身体を固くして細波のあとを怖々付き従う芽生を振り返って細波がクスクス笑う。
「とりあえず芽生ちゃんには僕が提示する書類の空欄を埋めて欲しいんだ。それが済んだら然るべきところへ提出するのに付き合ってもらうつもり」
そこで細波が、殿様の入った袋をこれみよがしに揺すってみせるから、芽生は慌てて手を伸ばした。だけど寸前のところでサッと躱されて、「くれぐれもこの子が僕の手の内にいることを忘れないでね?」と脅される。
要するに殿様を無事に返して欲しければ、黙って言うことを聞けと言いたいらしい。
芽生は泣きそうになりながらも懸命に頷いた。
「あのっ、ちゃんと言うことを聞くので先に《《殿様》》を病院へ」
ギュッと鞄を握りしめて言えば、「殿様?」とつぶやかれて、「ああ、猫の名前か。大丈夫だよ。もし《《コレ》》が死んでも新しいのをもらってあげる。あ、ちなみにコレね、うちの知り合いの家で生まれたうちの一匹だから、代わりならちゃんと用意できるよ?」と信じられないことを言われてしまう。
京介なら、命に代えが効くとか……そんな酷いことは絶対に言わない。一流企業勤めだかなんだか知らないけれど、極道者といわれる京介の方がよっぽどこの男より優しいと思って、芽生はグッと唇を噛み締めた。
「細波さん、それ本気で……」
「当たり前だよー。そもそも僕、そんなに猫とか好きじゃないし。――けど、そうだな。〝殿様?〟を助けたいんなら僕の望みをできるだけ早く叶えることだ。じゃなきゃ手遅れになっちゃう」
芽生が、猫のことさえチラ付かせれば素直に従うと踏んだんだろう。
細波は芽生の方を振り返ることなく「行くよ」と告げるなり駐車場の片隅に設けられた扉を開ける。そこを押し開けたまま、先にあちら側へ行くよう目配せしてくるから、芽生はおとなしくその指示に従った。
扉を抜けると階段が一本上へ伸びていて、その先に部屋への入り口と思しきピンク色のドアが見えた。
どういうシステムなのかさっぱり分からなくて立ち止まった芽生に、「駐車場と部屋がワンセットになってるんだ。そのまま歩いてピンクのドアへ向かって?」と細波が指示を出してくる。それを聞きながら、芽生は(この人、本当にここへ来るの、初めてなの?)と思ってしまった。
それでも細波が背後にいて視線が自分より低い位置にある今がチャンスだと思った芽生は、気付かれないよう注意しながら鞄の中へ視線を落とす。
スマートフォンは依然通話中をキープしているようで、画面は明るいままだった。少なくとも電話先の相手がこちらの会話を聞いてくれているんだと分かってホッとした芽生は、細波からここの場所のヒントが聞き出せないかと思い至る。
「ここって……みしょう動物病院近くのラブホテルなんですか?」
殿様をすぐに病院へ連れて行けるかどうかが気になっているんだと前面に押し出しながら問えば、「さっき言ったよね? 書類を書いたらすぐ、提出しに行くって」と細波がのほほんと返してくる。
芽生には細波が自分に何の書類を書かせようとしているのか皆目検討がつかなくて、思わず口ごもった。
そこでピンクの扉の前へ着いてしまって、話が頓挫する。何も聞き出せなかったことに、気持ちばかりが急いた。
細波は「どうぞ」と嬉しそうに重そうな鉄扉を開けて芽生を中へ入れると、自分も後からピッタリとくっ付くようにして中へ入ってきて、後ろ手に扉を閉ざしてしまう。
直後、カチャッとロック音が響いて、『ようこそ。ロイヤルキャッスルへ。当ホテルは自動精算システムを採用しております。お帰りの際は扉横の会計ボタンを押して、精算機にて料金をお支払いください。なお、お支払い方法は現金、各種クレジットサービス、電子決済などに対応しております。詳細は案内表示にてご確認ください』と、定型文と思しき電子音的な女性のアナウンスが流れた。
恐らく通話相手にもその声は届いたはずだと思いながらも、芽生はもう一度だけ「ホテル、ロイヤルキャッスル」とつぶやいた。
(どうか聞こえていて!)
通話先の相手と言葉を交わすことが出来ない芽生は、祈るしかなかった。
ギュッと身体を固くして細波のあとを怖々付き従う芽生を振り返って細波がクスクス笑う。
「とりあえず芽生ちゃんには僕が提示する書類の空欄を埋めて欲しいんだ。それが済んだら然るべきところへ提出するのに付き合ってもらうつもり」
そこで細波が、殿様の入った袋をこれみよがしに揺すってみせるから、芽生は慌てて手を伸ばした。だけど寸前のところでサッと躱されて、「くれぐれもこの子が僕の手の内にいることを忘れないでね?」と脅される。
要するに殿様を無事に返して欲しければ、黙って言うことを聞けと言いたいらしい。
芽生は泣きそうになりながらも懸命に頷いた。
「あのっ、ちゃんと言うことを聞くので先に《《殿様》》を病院へ」
ギュッと鞄を握りしめて言えば、「殿様?」とつぶやかれて、「ああ、猫の名前か。大丈夫だよ。もし《《コレ》》が死んでも新しいのをもらってあげる。あ、ちなみにコレね、うちの知り合いの家で生まれたうちの一匹だから、代わりならちゃんと用意できるよ?」と信じられないことを言われてしまう。
京介なら、命に代えが効くとか……そんな酷いことは絶対に言わない。一流企業勤めだかなんだか知らないけれど、極道者といわれる京介の方がよっぽどこの男より優しいと思って、芽生はグッと唇を噛み締めた。
「細波さん、それ本気で……」
「当たり前だよー。そもそも僕、そんなに猫とか好きじゃないし。――けど、そうだな。〝殿様?〟を助けたいんなら僕の望みをできるだけ早く叶えることだ。じゃなきゃ手遅れになっちゃう」
芽生が、猫のことさえチラ付かせれば素直に従うと踏んだんだろう。
細波は芽生の方を振り返ることなく「行くよ」と告げるなり駐車場の片隅に設けられた扉を開ける。そこを押し開けたまま、先にあちら側へ行くよう目配せしてくるから、芽生はおとなしくその指示に従った。
扉を抜けると階段が一本上へ伸びていて、その先に部屋への入り口と思しきピンク色のドアが見えた。
どういうシステムなのかさっぱり分からなくて立ち止まった芽生に、「駐車場と部屋がワンセットになってるんだ。そのまま歩いてピンクのドアへ向かって?」と細波が指示を出してくる。それを聞きながら、芽生は(この人、本当にここへ来るの、初めてなの?)と思ってしまった。
それでも細波が背後にいて視線が自分より低い位置にある今がチャンスだと思った芽生は、気付かれないよう注意しながら鞄の中へ視線を落とす。
スマートフォンは依然通話中をキープしているようで、画面は明るいままだった。少なくとも電話先の相手がこちらの会話を聞いてくれているんだと分かってホッとした芽生は、細波からここの場所のヒントが聞き出せないかと思い至る。
「ここって……みしょう動物病院近くのラブホテルなんですか?」
殿様をすぐに病院へ連れて行けるかどうかが気になっているんだと前面に押し出しながら問えば、「さっき言ったよね? 書類を書いたらすぐ、提出しに行くって」と細波がのほほんと返してくる。
芽生には細波が自分に何の書類を書かせようとしているのか皆目検討がつかなくて、思わず口ごもった。
そこでピンクの扉の前へ着いてしまって、話が頓挫する。何も聞き出せなかったことに、気持ちばかりが急いた。
細波は「どうぞ」と嬉しそうに重そうな鉄扉を開けて芽生を中へ入れると、自分も後からピッタリとくっ付くようにして中へ入ってきて、後ろ手に扉を閉ざしてしまう。
直後、カチャッとロック音が響いて、『ようこそ。ロイヤルキャッスルへ。当ホテルは自動精算システムを採用しております。お帰りの際は扉横の会計ボタンを押して、精算機にて料金をお支払いください。なお、お支払い方法は現金、各種クレジットサービス、電子決済などに対応しております。詳細は案内表示にてご確認ください』と、定型文と思しき電子音的な女性のアナウンスが流れた。
恐らく通話相手にもその声は届いたはずだと思いながらも、芽生はもう一度だけ「ホテル、ロイヤルキャッスル」とつぶやいた。
(どうか聞こえていて!)
通話先の相手と言葉を交わすことが出来ない芽生は、祈るしかなかった。