組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
心許なさに瞳を揺らせる芽生の手を握ると、京介が出来上がったばかりの婚姻届を懐へ仕舞いながら「行くぞ」と立ち上がった。
「あの……京ちゃん」
芽生はそんな京介を戸惑いに揺れる瞳で見上げながら、蚊の鳴くような声で大好きな男の名をつぶやいた。だが京介は芽生の心の機微に気付けないまま――。一刻も早くこの場を立ち去りたいみたいに「世話になりました」と頭を下げるなり、長谷川社長や比田先生が止めるのも聞かず、芽生の手を引いてさっさと施設長室をあとにしてしまった。
***
石矢の待つ車へ向かいながら、こちらを見ないままに京介が言う。
「知っての通り、俺はまともな家庭ってやつを知らねぇ。芽生、お前もそうだろ?」
そこで、まるで迷いを体現したみたいに不意に立ち止まって言い淀んだ京介の背中を、芽生は無言で見詰め続けた。
「細波鳴矢を牽制するつもりで一気にことを推し進めちまったが……お前は……本当にそれでいいのか?」
その言葉は京介の躊躇いそのものを表しているみたいで、芽生が彼に握られたままの手をギュッと握り返したら、やっと京介がこちらを向いてくれた。
「私、何年も前からずっと京ちゃんと家族になりたいって言ってるよ? だから京ちゃんが私をお嫁さんにしてくれるって言ってくれて本当に嬉しかった。……けど、《《京ちゃんは》》どうなの? 私と結婚するの、イヤ?」
もしも芽生と夫婦になることが、それこそ先ほどの細波同様〝不本意〟なのだとしたら、芽生はすごく悲しい。
何故京介が急に芽生と結婚するなんて言い出してくれたのかも分からないから、その思いは一入だ。
芽生は、京介が無理をしているのならば、無理に結婚してくれなくてもいいと思い始めている。好きな人に我慢を強いてまで、自分が幸せになりたいとは思わない。
「京ちゃんが、もし私のために無理をしてくれているんだとしたら……私……」
そこまで言ったところでゆらりと京介の顔が歪んで見えて、芽生は(なんで?)と思ったのだけれど。
ツツッと頬を温かな涙が伝って、芽生はいつの間にか自分が泣いてしまっていたのだと気が付いた。
途端京介にグッと抱き寄せられて、「無理なんかしてねぇわ」と不機嫌そうに吐き捨てられた。
「京、ちゃ……?」
強く京介の厚い胸板に顔を押し付けられたまま、芽生がくぐもった声で京介の名を呼べば、
「俺は……お前が佐山とデキてんじゃねぇかと思った時、腸が煮えくり返るんじゃねぇかってくらい腹が立った」
京介が胸の内を吐露するみたいに低い声音でつぶやく。押し当てられた芽生の額を、京介の声がビリビリと震わせた。
「細波のヤローがお前と婚姻届を出そうとしてるって知った時も、なんでもっと早く俺がお前と結婚してなかったんだろうって思っちまった」
「京ちゃん……?」
「今までずっと……俺なんかが未来あるお前の想いに応えるなんて事は、あっちゃーいけねぇと思ってたんだがな」
そこまで言って芽生を抱く腕の力を緩めると、京介が芽生をじっと見下ろしてくる。
「芽生。お前にゃ悪ぃーが俺はお前を誰かに掻っ攫われるのが我慢ならねぇらしい」
「えっ?」
「俺みてぇな男がお前を欲しいなんて言っちゃいけねぇのは分かってる。けど……もしお前が俺に付いてきてくれる覚悟があるってんなら……、俺と……えっと、その……あれだ。か、家族になってくれる、か?」
「京ちゃんと……家族? そ、そんなのっ。そんなのもちろん『はい!』に決まってる! 私、京ちゃんのこと、大好きだもん!」
「そうか……」
京介が芽生の告白に素っ気なく応じるのはきっと、照れ隠しだ。長年の付き合いでそれが分かっている芽生は、前のめりになりながら京介の言葉に食らいついた。
「ねぇ、京ちゃん。京ちゃんは私のこと、どう思ってる?」
「お、俺はお前のこと……その、お前が思ってる以上に、気に入ってっから。だから……まぁ、あれだ。義務とか仕方なくってんじゃねぇ。そこだけは勘違いすんな」
「京ちゃん、それって……私のこと、好きだと思ってくれているって解釈したんで、いい?」
煮え切らない京介の言葉に、芽生は思わずそう問い掛けずにはいられなかったのだけれど。
「……好きにしろ」
京介にしては珍しく歯切れが悪いつっけんどんな物言いに、「うん、好きにするね」と頷いて、芽生は幸せ一杯な笑みを浮かべた。
「あの……京ちゃん」
芽生はそんな京介を戸惑いに揺れる瞳で見上げながら、蚊の鳴くような声で大好きな男の名をつぶやいた。だが京介は芽生の心の機微に気付けないまま――。一刻も早くこの場を立ち去りたいみたいに「世話になりました」と頭を下げるなり、長谷川社長や比田先生が止めるのも聞かず、芽生の手を引いてさっさと施設長室をあとにしてしまった。
***
石矢の待つ車へ向かいながら、こちらを見ないままに京介が言う。
「知っての通り、俺はまともな家庭ってやつを知らねぇ。芽生、お前もそうだろ?」
そこで、まるで迷いを体現したみたいに不意に立ち止まって言い淀んだ京介の背中を、芽生は無言で見詰め続けた。
「細波鳴矢を牽制するつもりで一気にことを推し進めちまったが……お前は……本当にそれでいいのか?」
その言葉は京介の躊躇いそのものを表しているみたいで、芽生が彼に握られたままの手をギュッと握り返したら、やっと京介がこちらを向いてくれた。
「私、何年も前からずっと京ちゃんと家族になりたいって言ってるよ? だから京ちゃんが私をお嫁さんにしてくれるって言ってくれて本当に嬉しかった。……けど、《《京ちゃんは》》どうなの? 私と結婚するの、イヤ?」
もしも芽生と夫婦になることが、それこそ先ほどの細波同様〝不本意〟なのだとしたら、芽生はすごく悲しい。
何故京介が急に芽生と結婚するなんて言い出してくれたのかも分からないから、その思いは一入だ。
芽生は、京介が無理をしているのならば、無理に結婚してくれなくてもいいと思い始めている。好きな人に我慢を強いてまで、自分が幸せになりたいとは思わない。
「京ちゃんが、もし私のために無理をしてくれているんだとしたら……私……」
そこまで言ったところでゆらりと京介の顔が歪んで見えて、芽生は(なんで?)と思ったのだけれど。
ツツッと頬を温かな涙が伝って、芽生はいつの間にか自分が泣いてしまっていたのだと気が付いた。
途端京介にグッと抱き寄せられて、「無理なんかしてねぇわ」と不機嫌そうに吐き捨てられた。
「京、ちゃ……?」
強く京介の厚い胸板に顔を押し付けられたまま、芽生がくぐもった声で京介の名を呼べば、
「俺は……お前が佐山とデキてんじゃねぇかと思った時、腸が煮えくり返るんじゃねぇかってくらい腹が立った」
京介が胸の内を吐露するみたいに低い声音でつぶやく。押し当てられた芽生の額を、京介の声がビリビリと震わせた。
「細波のヤローがお前と婚姻届を出そうとしてるって知った時も、なんでもっと早く俺がお前と結婚してなかったんだろうって思っちまった」
「京ちゃん……?」
「今までずっと……俺なんかが未来あるお前の想いに応えるなんて事は、あっちゃーいけねぇと思ってたんだがな」
そこまで言って芽生を抱く腕の力を緩めると、京介が芽生をじっと見下ろしてくる。
「芽生。お前にゃ悪ぃーが俺はお前を誰かに掻っ攫われるのが我慢ならねぇらしい」
「えっ?」
「俺みてぇな男がお前を欲しいなんて言っちゃいけねぇのは分かってる。けど……もしお前が俺に付いてきてくれる覚悟があるってんなら……、俺と……えっと、その……あれだ。か、家族になってくれる、か?」
「京ちゃんと……家族? そ、そんなのっ。そんなのもちろん『はい!』に決まってる! 私、京ちゃんのこと、大好きだもん!」
「そうか……」
京介が芽生の告白に素っ気なく応じるのはきっと、照れ隠しだ。長年の付き合いでそれが分かっている芽生は、前のめりになりながら京介の言葉に食らいついた。
「ねぇ、京ちゃん。京ちゃんは私のこと、どう思ってる?」
「お、俺はお前のこと……その、お前が思ってる以上に、気に入ってっから。だから……まぁ、あれだ。義務とか仕方なくってんじゃねぇ。そこだけは勘違いすんな」
「京ちゃん、それって……私のこと、好きだと思ってくれているって解釈したんで、いい?」
煮え切らない京介の言葉に、芽生は思わずそう問い掛けずにはいられなかったのだけれど。
「……好きにしろ」
京介にしては珍しく歯切れが悪いつっけんどんな物言いに、「うん、好きにするね」と頷いて、芽生は幸せ一杯な笑みを浮かべた。