組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「相良はさ、私に対してもそうだけど、一度受けた恩は絶対に忘れないクソ真面目な男だ。私は相良のそういう義理堅いところを凄く気に入ってるんだよ。それこそ、『こいつはこんな(なり)をしてて誤解されやすいけど、すっげぇいいヤツですよ?』って大々的に宣伝したくなるくらいにね」
「ちょっ、長谷川っ、気色悪いこと言うんじゃねぇーよ。熱でもあるんじゃねぇか!?」

 京介がどんなにムスッとしてみせても、一向に(ひる)む様子のない長谷川社長を見て、二人は本当に仲の良い親友同士何だなと思った芽生である。比田先生も同じように思っているのか、そんな京介と長谷川社長をニコニコと温かなまなざしで見詰めていた。

 元々京介は自分が陽だまりへ支援していることを誰にも明かすつもりはなかったらしい。
 そのための親友経由送金(カモフラージュ)だったのに、あろうことか隠れ(みの)に選んだはずの長谷川社長が、真の支援者は相良(さがら)京介(きょうすけ)だと比田先生に明かしてしまったそうだ。
 要するに〝相良(さがら)の良さを大々的に宣伝したくなった〟結果だろう。
 その話を聞いた比田は比田で、かつて陽だまりで面倒を見たことのある京介に、是非とも会いに来て欲しいと言い出したらしい。
 京介が再三にわたる比田からの誘いを無視し続けていたら、このまま会いに来ないなら、支援者の欄に京介の名を明記すると(おど)されたんだそうだ。
 そんなことをされたのでは、京介が表立って寄付をしないようにした意味がない。
 それで結局京介が折れる形。支援者・長谷川将継(まさつぐ)の付き添い兼ボディーガードという名目で、京介も月に一度、陽だまりへ顔を出すようになったのだという。

 芽生が陽だまりにいた頃、長谷川社長と連れ立って、どこか不貞腐(ふてくさ)れたような顔をして園庭の片隅で煙草をふかしていた京介を見かけていたのはこのためだったようだ。

 京介が幼いころ母子家庭で育って……唯一の肉親であるはずの母親から育児放棄(ネグレクト)を受けていたことは芽生も京介自身から聞いて何となく知っていたけれど、陽だまりにいたことがあるなんて知らなかった。

 自分たちがここで何不自由なく暮らしてこられたのは京介のお陰だったんだと知って……京介が自分と同じようにここにいたことがあったのだと知って……芽生の中で色んな気持ちがぐるぐると交錯(こうさく)する。
 沢山思うことがありすぎて、逆に言葉が出てこなくて……芽生は「京ちゃん……」と彼の名を呼ぶことしか出来なかった。

「もちろん、長谷川さんからも沢山ご支援いただいているのよ?」
 あえて後出(あとだ)しのようにそう付け加えてきた比田先生は、結構な策士だな、と思う。
「私のは相良のに比べたら足元にも及ばない額ですけどね」
 クスッと笑ってそんな比田の(げん)を軽く受け流す長谷川社長をみて、芽生は二人が自分たちにとって本当の意味での恩人だったんだと、改めて実感した。


***


「それにしても京くんと芽生(めい)ちゃんがねぇ」
 しみじみとつぶやきながら、比田が婚姻届の証人欄を埋めていく。二人に、こういう欄を埋めてくれる代表格のような両親(存在)がいないのは先刻承知だからだろうか。割とすんなり証人になってくれた比田に、芽生はじんわり心が温かくなる。
 世間一般的な〝家族〟というものは知らない芽生だけれど、陽だまりでの十八年間はとても幸せだった。赤子のときからここにいて、それ以外の環境を知らないからだと言われればそれまでだが、少なくとも芽生にとって陽だまりのみんなは、温かい家庭の象徴そのものだった。
 そんな比田に、京介は始終ムスッとして無言だ。先ほど長谷川社長に散々揶揄(からか)われた後味の悪さもあるのだろうが、芽生は京介がこの婚姻自体を遺憾(いかん)に思っているのではないかと段々不安になってきてしまう。

 比田に続いて長谷川社長が嬉し気に残りの証人欄を埋めてくれるのをぼんやり眺めながら、芽生はこのままこの紙を市役所に提出してもいいのかな? と思い始めていた。
 京介と夫婦(かぞく)になれることは芽生にとってこの上ない喜びだが、京介にとってはどうだろう? 長谷川社長の言うように京介は義理堅い。芽生に対する妙な義務感から、変な重荷を背負わせてしまっているんじゃないだろうか。
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