組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
京介と連れ立って廊下を歩いてくる芽生を認めるなり、彼らはスッと横へ避けると、何の迷いもなく自分たちに道をあけるのだ。
その様に芽生が戸惑っているうちに、京介が「行くぞ」と芽生の手を引いて病室のドアをノックしてしまう。
「どうぞ」
中からそんな声が返るなり、京介がなんの躊躇いもなくクリーム色のスライドドアを引き開けるから、芽生はたじたじだ。
「あ、あの京ちゃっ……」
それだけならまだしも、今まで京介の背後へ隠れるように付き従っていた芽生の手をグイッと引いて、自分の前へ押し出してくるから。
芽生としては予期せぬことの連続に、半ばつんのめるようにして病室へ足を踏み入れた。
芽生が京介の暴挙に非難がましく背後を振り返るより早く、
「もしかして……キミが神田芽生さん?」
電動ベッド上で上半身を起こしてこちらを見つめている老人――田畑栄蔵から声をかけられた。
頭には白いものが多いし、入院中だからだろう。
目の前の老人は、普段メディアで慣れ親しんできた田畑栄蔵より鋭さに欠けているように見えた。
けれど、目の前の彼は少なくとも先日新聞で読んだ記事の内容ほど容体が悪いようにも感じられなくて、芽生はキョトンとしてしまう。
何の心の準備も出来ていないまま、存外間近で大物との邂逅を果たしてしまったのだから仕方ないのだが、投げかけられた質問になかなか答えようとしない芽生を訝るように、京介がポンっと軽く芽生の背中へ触れる。
その感触にハッとしたように芽生が「あ、はいっ。神田芽生です」と背筋を伸ばしたら、栄蔵が大きく瞳を見開くように芽生をじっと見つめながら手招きをした。
その仕草に、自分のような地位も名誉もない小娘が、おいそれと栄蔵へ近付いていいものか分からなくて、助けを求めるみたいに京介を振り返ったら、そっと背中を押されて、『行け』と促される。
なのに京介自身は、誘われるまま栄蔵の方へと進む芽生のそばへ寄り添ってはくれないのだ。そのことが、芽生にはこの上なく心細かった。
「ほら。こっちへ来て、わたしにしっかり顔を見せて?」
なのに恐る恐る近付いた芽生に、栄蔵は何故かとても愛しい者を見るかのような柔らかな眼差しを向けてくるから、芽生はわけが分からなくて戸惑ってしまう。
「あ、あの……田畑さん、私……」
どう反応したらいいのか分からなくて眼前の優しげな老人にしどろもどろで呼び掛けたら、「おじいちゃん、って呼んでみてくれないだろうか?」って、どういう意味だろう?
「えっと、あの……、でも、私……そんな」
確かに芽生にとって田畑栄蔵は祖父くらいの年齢差がある。
だからと言って、『はい、分かりました!』と大会社の社長様をそんなに気安く〝おじいちゃん〟認定出来るはずがない。
戸惑う芽生をじっと見つめた栄蔵が、不意に芽生の背後――京介を視界におさめて口を開いた。
「そこの御仁。確か……相良さん、と言ったかな?」
「ああ」
「もしかして、まだこの子には何も……?」
「お察しの通り何も話してねぇよ。俺から言うよか、あんた自身の口から伝えてぇだろ」
「あ、あの……京ちゃん、それってどういう……」
芽生を真ん中に挟んで交わされる男性二人の会話に、芽生が我慢できなくなって口を挟んだら、田畑栄蔵が畏まったみたいに「神田芽生さん」と呼び掛けてきた。
その声は別に大声を張り上げたとかそういうわけじゃなかったけれど、しんとした室内をビリビリと震わせるような重低音で……これが大会社を率いる統率者の声なんだと実感させられた芽生である。
そんな声音に京介から引き剥がすように視線を攫われた芽生をじっと見つめて栄蔵が続けるのだ。
「キミはわたしの息子――田畑栄一郎の忘れ形見なんだよ」
その様に芽生が戸惑っているうちに、京介が「行くぞ」と芽生の手を引いて病室のドアをノックしてしまう。
「どうぞ」
中からそんな声が返るなり、京介がなんの躊躇いもなくクリーム色のスライドドアを引き開けるから、芽生はたじたじだ。
「あ、あの京ちゃっ……」
それだけならまだしも、今まで京介の背後へ隠れるように付き従っていた芽生の手をグイッと引いて、自分の前へ押し出してくるから。
芽生としては予期せぬことの連続に、半ばつんのめるようにして病室へ足を踏み入れた。
芽生が京介の暴挙に非難がましく背後を振り返るより早く、
「もしかして……キミが神田芽生さん?」
電動ベッド上で上半身を起こしてこちらを見つめている老人――田畑栄蔵から声をかけられた。
頭には白いものが多いし、入院中だからだろう。
目の前の老人は、普段メディアで慣れ親しんできた田畑栄蔵より鋭さに欠けているように見えた。
けれど、目の前の彼は少なくとも先日新聞で読んだ記事の内容ほど容体が悪いようにも感じられなくて、芽生はキョトンとしてしまう。
何の心の準備も出来ていないまま、存外間近で大物との邂逅を果たしてしまったのだから仕方ないのだが、投げかけられた質問になかなか答えようとしない芽生を訝るように、京介がポンっと軽く芽生の背中へ触れる。
その感触にハッとしたように芽生が「あ、はいっ。神田芽生です」と背筋を伸ばしたら、栄蔵が大きく瞳を見開くように芽生をじっと見つめながら手招きをした。
その仕草に、自分のような地位も名誉もない小娘が、おいそれと栄蔵へ近付いていいものか分からなくて、助けを求めるみたいに京介を振り返ったら、そっと背中を押されて、『行け』と促される。
なのに京介自身は、誘われるまま栄蔵の方へと進む芽生のそばへ寄り添ってはくれないのだ。そのことが、芽生にはこの上なく心細かった。
「ほら。こっちへ来て、わたしにしっかり顔を見せて?」
なのに恐る恐る近付いた芽生に、栄蔵は何故かとても愛しい者を見るかのような柔らかな眼差しを向けてくるから、芽生はわけが分からなくて戸惑ってしまう。
「あ、あの……田畑さん、私……」
どう反応したらいいのか分からなくて眼前の優しげな老人にしどろもどろで呼び掛けたら、「おじいちゃん、って呼んでみてくれないだろうか?」って、どういう意味だろう?
「えっと、あの……、でも、私……そんな」
確かに芽生にとって田畑栄蔵は祖父くらいの年齢差がある。
だからと言って、『はい、分かりました!』と大会社の社長様をそんなに気安く〝おじいちゃん〟認定出来るはずがない。
戸惑う芽生をじっと見つめた栄蔵が、不意に芽生の背後――京介を視界におさめて口を開いた。
「そこの御仁。確か……相良さん、と言ったかな?」
「ああ」
「もしかして、まだこの子には何も……?」
「お察しの通り何も話してねぇよ。俺から言うよか、あんた自身の口から伝えてぇだろ」
「あ、あの……京ちゃん、それってどういう……」
芽生を真ん中に挟んで交わされる男性二人の会話に、芽生が我慢できなくなって口を挟んだら、田畑栄蔵が畏まったみたいに「神田芽生さん」と呼び掛けてきた。
その声は別に大声を張り上げたとかそういうわけじゃなかったけれど、しんとした室内をビリビリと震わせるような重低音で……これが大会社を率いる統率者の声なんだと実感させられた芽生である。
そんな声音に京介から引き剥がすように視線を攫われた芽生をじっと見つめて栄蔵が続けるのだ。
「キミはわたしの息子――田畑栄一郎の忘れ形見なんだよ」