組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
栄蔵は、跡取り息子の栄一郎に、仕事上のパートナーとしても有益な、申し分のない良家の御令嬢を……と考えていた。
栄蔵の妻である幼なじみの澪は、産後の肥立が悪く、栄一郎を産んですぐこの世を去った。澪を心底愛していた栄蔵は後添いを求めるつもりもなかったから、自分の血を引く人間は栄一郎ただ一人だと心に定めた。そんな大事な一粒種の息子に、栄蔵は専属の乳母――奈央子を付けて世話をさせた。
奈央子には栄一郎と同い年の娘・沙奈がいて、母乳が潤沢に出ることが採用の決め手だった。栄一郎は奈央子の実子・沙奈と一緒に、乳母の乳を飲んで大きくなったのだ。
栄一郎は早くに実母を亡くしていたからか、最初から色々と諦めているみたいにとても従順な子で、父親である栄蔵の言うことに刃向かったことなど一度もない。
だから婚姻話についても、なんの迷いもなく従うものだと思っていた栄蔵である。
だが、栄一郎は一緒に育った奈央子の娘・沙奈にいたくご執心で、初めて栄蔵の言うことに背き、政略結婚を頑なに拒んだ。沙奈と一緒になることだけは、どうしても譲れないと言い張る息子に、栄蔵は奈央子ともども沙奈を栄一郎から引き離した。
それから程なくしてのことだった。栄一郎が泥酔した状態で川へ飛び込み、呆気なく死んでしまったのは――。
当然栄蔵が用意周到に根回ししていた御令嬢との婚姻話は立ち消え、栄一郎の不慮の事故死についても自殺ではないかと実しやかな噂が立った。
栄蔵は息子の死から十数年後、失った栄一郎の代わり。遠縁にあたる細波鳴矢が大学を卒業するのを待って、社長付きの人間として己のそばへ置き、後継者として育て始めた。
鳴矢は従妹――鳴海の息子で、栄一郎の葬儀に参列して以来、やたらと『息子を栄一郎くんの代わりに』と推してきていた。
栄蔵は、鳴海が旦那との離婚後、女手一つで鳴矢を育ててきたことを知っていたし、全く血の繋がりがない人間よりは……と鳴矢を採用してみたのだが、どういう育ち方をしてきたのだろう。鳴矢はどうにも成金趣味で品がなかった。
血縁にこだわるよりも、実力のある人間を社内から選出した方がいいかも知れないと思い始めた頃、栄蔵に肺癌が見つかった。
幸いステージⅠで、他への転移も見られなかった。手術で綺麗に病巣の切除も出来たのだが、今まで病気知らずで『さかえグループ』発展のために邁進してきた田畑栄蔵の入院を、地元メディアが実際より大袈裟に騒ぎ立ててしまう。
芽生が読んだ新聞記事もそんな感じでかなり尾鰭がついたものだった。実際栄蔵はすっかり回復していたのだが、《《あえて》》入院を続けていて、ここ数ヶ月で報じられた記事の大半は、実は《《意図的に》》さかえグループによって操作された情報でもあった。
「わたしが死にかけている、となった時に社内の人間がどう動くのか、興味があってね」
今まで重鎮としてさかえグループに君臨していた栄蔵が死に掛けているとなったら、社員らの本性が出るだろう。
院内でできる限りの仕事をこなしつつ、信頼のおける秘書のひとりから逐一社内の人間たちの動きについての報告を受けていた栄蔵だったのだが、社員らの動向調査のためにやった自分の命に関する情報操作が、ある日全く予期せぬ方向からの連絡をもたらした。
そこまで一気に話した栄蔵が、目の前に立つ芽生を静かに見つめてきた。
栄蔵の妻である幼なじみの澪は、産後の肥立が悪く、栄一郎を産んですぐこの世を去った。澪を心底愛していた栄蔵は後添いを求めるつもりもなかったから、自分の血を引く人間は栄一郎ただ一人だと心に定めた。そんな大事な一粒種の息子に、栄蔵は専属の乳母――奈央子を付けて世話をさせた。
奈央子には栄一郎と同い年の娘・沙奈がいて、母乳が潤沢に出ることが採用の決め手だった。栄一郎は奈央子の実子・沙奈と一緒に、乳母の乳を飲んで大きくなったのだ。
栄一郎は早くに実母を亡くしていたからか、最初から色々と諦めているみたいにとても従順な子で、父親である栄蔵の言うことに刃向かったことなど一度もない。
だから婚姻話についても、なんの迷いもなく従うものだと思っていた栄蔵である。
だが、栄一郎は一緒に育った奈央子の娘・沙奈にいたくご執心で、初めて栄蔵の言うことに背き、政略結婚を頑なに拒んだ。沙奈と一緒になることだけは、どうしても譲れないと言い張る息子に、栄蔵は奈央子ともども沙奈を栄一郎から引き離した。
それから程なくしてのことだった。栄一郎が泥酔した状態で川へ飛び込み、呆気なく死んでしまったのは――。
当然栄蔵が用意周到に根回ししていた御令嬢との婚姻話は立ち消え、栄一郎の不慮の事故死についても自殺ではないかと実しやかな噂が立った。
栄蔵は息子の死から十数年後、失った栄一郎の代わり。遠縁にあたる細波鳴矢が大学を卒業するのを待って、社長付きの人間として己のそばへ置き、後継者として育て始めた。
鳴矢は従妹――鳴海の息子で、栄一郎の葬儀に参列して以来、やたらと『息子を栄一郎くんの代わりに』と推してきていた。
栄蔵は、鳴海が旦那との離婚後、女手一つで鳴矢を育ててきたことを知っていたし、全く血の繋がりがない人間よりは……と鳴矢を採用してみたのだが、どういう育ち方をしてきたのだろう。鳴矢はどうにも成金趣味で品がなかった。
血縁にこだわるよりも、実力のある人間を社内から選出した方がいいかも知れないと思い始めた頃、栄蔵に肺癌が見つかった。
幸いステージⅠで、他への転移も見られなかった。手術で綺麗に病巣の切除も出来たのだが、今まで病気知らずで『さかえグループ』発展のために邁進してきた田畑栄蔵の入院を、地元メディアが実際より大袈裟に騒ぎ立ててしまう。
芽生が読んだ新聞記事もそんな感じでかなり尾鰭がついたものだった。実際栄蔵はすっかり回復していたのだが、《《あえて》》入院を続けていて、ここ数ヶ月で報じられた記事の大半は、実は《《意図的に》》さかえグループによって操作された情報でもあった。
「わたしが死にかけている、となった時に社内の人間がどう動くのか、興味があってね」
今まで重鎮としてさかえグループに君臨していた栄蔵が死に掛けているとなったら、社員らの本性が出るだろう。
院内でできる限りの仕事をこなしつつ、信頼のおける秘書のひとりから逐一社内の人間たちの動きについての報告を受けていた栄蔵だったのだが、社員らの動向調査のためにやった自分の命に関する情報操作が、ある日全く予期せぬ方向からの連絡をもたらした。
そこまで一気に話した栄蔵が、目の前に立つ芽生を静かに見つめてきた。