夜探偵事務所と八尺様
【鎮女村・南の崖下】
夜は
川岸から
先ほどまでいた崖の上を
じっと見上げていた
その鋭い瞳は
何かを分析するように
崖の表面を舐めるように見ている
健太:「どうしました?夜さん」
夜:「……健太」
夜:「あんたも、あそこを見てみなさい」
夜が指差す先
地蔵の土台があった場所
そこから真下に続く崖の表面
その部分だけが
不自然にえぐり取られ
新しい土の色がむき出しになっていた
夜:「……何か、変だと思わない?」
健太:「え……?」
夜:「もしかして……地滑り?」
その言葉に健太はハッとした
言われてみれば
崖の途中には何本もの木が根こそぎ倒れている
まるで巨大な爪で引っ掻いたかのようだ
夜:「何年か前に、この辺りで大規模な地滑りがあった」
夜:「その土砂が、南の子供地蔵を巻き込んで、この川に落ちた」
夜:「そして、たまたま、土台だけが残ったように見える」
夜:「……下から見れば、そのようにも見えるわね」
健太:「じゃあ、誰かが壊したんじゃなくて……」
夜は健太の言葉を遮るように言った
夜:「車に戻るわよ」
夜:「……急いで」
【テスラ・車内】
車に戻るなり
夜は、センターの巨大なディスプレイに
この地域の、詳細な衛星地図を表示させた
夜:「ここが、さっきの南の地蔵があった場所」
彼女は、指でその地点をタップする
夜:「そして、ここから、地滑りが起きたとされる方角……つまり、真下へ線を引いていくと……」
夜の指が
画面の上を、ゆっくりと、まっすぐに下へ移動していく
夜:「……ここ」
夜:「この、山の中腹にある廃村が、かしき村」
健太は息を呑んだ
偶然にしては、出来すぎている
夜の指は止まらない
さらに、画面をスクロールさせ
その直線を、どこまでも、どこまでも、真下へ辿っていく
やがて
その線の先端がたどり着いた場所
そこは、もう美山町の山奥ではなかった
京都市内の、見慣れた区画
そして
その線が、ぴたりと止まった一点
健太:「……嘘でしょ…」
その線が指し示していたのは
今朝
仁さんが最強の結界を張ったはずの
九条さんの家だった
夜:「……そういうことか…!」
夜の顔から血の気が引いた
あれは、ただの地滑りじゃない
八尺様の怨念が
17年の時をかけて
物理的に、地脈を捻じ曲げ
作り出した、呪いの通り道
鎮女村から
九条さんの家まで続く
一本の、死の直線
夜は、震える手で
スマートフォンを掴み
仁に、電話をかけた…