婚約破棄された上に魔力が強すぎるからと封印された令嬢は魔界の王とお茶を飲む

第2話

 どうしてこんなところに人がいるの!?
 どうやって封印牢に侵入したの!?

 ラティエシアが唖然としているうちに、煙が晴れていった。

「あなたは……!?」

 男性の姿を見た瞬間、背筋に震えが走った。頭に角が生えていたからだ。
 まさか、この方は魔族の方なの――!?

 寒気を覚えるほどに整った顔立ち。微笑みを浮かべてラティエシアを見据える。その金色の瞳は瞳孔が猫のように縦長だった。
 北方に住む魔族らしい色白の肌に、尖った耳。紫がかった黒髪は艶やかだ。
 二本の角は濃い紫色で、螺旋を描いて天を衝いている。
 細身のフロックコートは黒地に華やかな刺繍が施されている。その身なりから高貴な身分であることがうかがい知れた。

(なんて美しい方なのかしら……!)

 初めて見る魔族の姿にラティエシアは思わず見とれてしまっていた。
 魔族は北方の巨大な渓谷の先、魔界(・・)と呼ばれる地域に住んでいる種族だ。寿命が数百年から千数百年と、人間よりずっと長く生きられるのだという。

(でもどうして魔族の方が人間界へ? 不可侵条約が結ばれているのに)

 しかも条約締結以降、人間界側からも魔界側からも入域許可が下りた事例はない。

 尋ねたいことは山のようにあった。しかし考えがまとまらず言葉が出てこない。
 ラティエシアが呆然と魔族の男を見上げていると、男が軽く手を掲げて指を打ち鳴らした。途端にラティエシアを拘束していた縄が粉々になり、破片がはらはらと舞い落ちる。

「あ、ありがとうございます……」

 魔力を吸われている重苦しい感覚がなくなり、ほっと息をつく。
 指を鳴らすだけで封印牢の拘束を解けるなんて――とラティエシアが驚いていると、魔族の男が胸に手を当ててゆっくりと御辞儀した。
 再び顔を上げて、ラティエシアをまっすぐに見て口元を微笑ませる。

「お初にお目にかかる。我が名はウィズヴァルド。魔界の王だ」
「魔王様……でございますか!?」

 衝撃の事実に視界が真っ暗になる。今にも吐きだしそうなほどの強烈な恐ろしさに胃をねじあげられる。
 魔界の王(・・・・)に、私は攻撃魔法をぶつけてしまった――!

「申し訳ございません魔王ウィズヴァルド様! わたくしは魔界を統べる御方であらせられる貴方様に攻撃魔法をぶつけてしまいました! わたくしの所業は決して許されることではございません……!」

 声を震わせながら、深く頭を下げる。
 魔王が不可侵条約を破った上に封印牢にまで侵入したことなど、魔王を害したという大罪の前では不問に処されるだろう。
 魔王を傷つけた罪によりこの場で断罪されるか、魔界に移送されて処刑されるか、もしくは魔族総出で人間界に攻め入られるか。

 不安と恐怖に涙が浮かぶ。早鐘を打つ鼓動に息が乱れる。全身が、がたがたと震え出した。
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