婚約破棄された上に魔力が強すぎるからと封印された令嬢は魔界の王とお茶を飲む
「そなたの一番好きな花は?」
「一番好きな花、でございますか……?」
「ああ。我に教えてはもらえぬだろうか」
「私の好きな花……」

 突然の質問に戸惑ってしまう。ラティエシアは、誰かから好きな花を問われたことなど今まで一度もなかった。
 王子は自分の婚約者の嗜好にまったく興味を示さなかった。家では両親もメイドも、ラティエシアがいつ放つかも知れない魔力に怯えているせいで目も合わせてこなかった。
 そしてそれは学園内でも同様だった。誰からも距離を取られていたラティエシアに、友人と呼べる人はひとりもいない。

 改めて質問について考える。花自体はどの花であっても好きだった。
 しかし今、問われたのは一番好きな(・・・・・)花。

 ふと遠い昔の記憶がよみがえる。
 王子にまだ嫌われていなかった幼い頃のこと。王家の別荘に招かれた際、その近場にあったチューリップ畑を王子と手をつないで散策したことがあった。

「ふむ、そなたはチューリップが好きなのだな」
「はい……え!?」

 答える前に言い当てられて、ラティエシアは思わず叫んでしまった。
 慌ててハンカチで口を隠す。

「どうしてお分かりに……?」
「見えておるからな、そこに」

 魔王がラティエシアのすぐ横を指さす。身体のそばにはチューリップ型のオーラが揺らめいていた。

「な、なにこれ……!」

 あたふたと手で払いのける。

「ウィズヴァルド様、見ないでください……!」
「ふ。そなたは実に愛らしいな。魔力が洩れて胸の内を晒してしまうとは」

 魔王が口元に手を添えて、くくっ、と笑った。
『愛らしい』と今おっしゃったの!? 耳を疑いたくなるような言葉に、ますます恥ずかしくなって顔が燃え上がる。

「お見苦しいものをお見せしてしまい、本当にすみません……」
「見苦しいものか。もっと見せて欲しいくらいだ」
「……! そういうことおっしゃらないでください……」

 頭がくらくらするほどに顔が熱い。
 ラティエシアが両手で頬を押さえていると、魔王が手をすっと掲げて指を打ち鳴らした。

 軽快な音が鳴った、次の瞬間。

 辺り一面にチューリップ畑が出現した。
 赤や白、黄色のみならず、ピンクやオレンジ、紫、そして色の混ざった品種までが、鮮やかな色の列を地面いっぱいに描き出している。それどころか、澄み渡った空までもが頭上に広がった。

「わあ……! 綺麗……!」

 突如として現れた美しい光景に胸が躍る。恥ずかしがっていたことも忘れてぱっと立ち上がり、絵画のような風景を眺め渡す。
 封印牢の中にいるとは信じられないほどの爽やかさ。深呼吸すると、空気まで澄んでいる気がした。
 色とりどりのチューリップから振り向いて魔王を見上げると、その顔はラティエシア以上に嬉しそうな笑顔になっていた。

(わざわざ好きな花を尋ねてくれて、それを魔法で出現させてくれるなんて……!)

 魔王の心遣いに胸が熱くなる。

 感動するなんていつぶりだろう。
 そう自問した、その瞬間。

(いけない、私、心が揺れてしまっている……!)
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