婚約破棄された上に魔力が強すぎるからと封印された令嬢は魔界の王とお茶を飲む
 ラティエシアは魔力放出を抑えることをすっかり忘れていた。魔王に向かってめいっぱい頭を下げる。

「申し訳ございません、ウィズヴァルド様! わたくしの不快な魔力を浴びせ続けてしまったこと、お詫び申し上げます……!」
「不快? 何を言うか。そなたの魔力の波動は実に心地よい」
「……え?」

(私の魔力が心地よい(・・・・)とおっしゃったの……?)

 信じがたい言葉に目を見開き、魔王を見上げる。
 安心させるような微笑み。その自然な表情からは、無理をしている様子は全く見受けられない。
 それでもラティエシアはたった今聞かされた言葉が信じられず、恐る恐る正直な気持ちを口にした。

「失礼ながらお尋ね申し上げます。貴方様は今、わたくしの魔力を『心地よい』、と……そうおっしゃいましたか?」
「ああ。そなたの魔力の波動は我の波長と合っているのやも知れぬな。このような心地よさを感じたことなど今まで一度としてない。もはや運命的と言えよう」

 と言って、少し歯を見せて笑う。
 照れくさそうにも見える魔王の顔付きに、ラティエシアは目を奪われてしまった。

 少年の素直さを思わせる、飾りけのない微笑み。
 とくん、と心臓が脈打つ。


『不快ではない』ではなく、『心地よい』と言ってくださるなんて。


 温かな気持ちが胸いっぱいに溢れ出す。
 それと同時に、もうひとつ別の感情が浮かび上がってきた。

 魔王ウィズヴァルド様。
 恐れ多いことかも知れないけれど、私、もっとこの方とお話ししてみたい。こんな牢の中ではなくて、もっと普通(・・)の場所で。
 いつかこの方と、本物の花園を散策できたら――。

 みんなが当たり前にしていることを、私もしてみたい。今までずっと諦めていた願いが溢れてくる。
 ただ、その気持ちを正直に伝える勇気はまだ出せなかった。
 その代わり、ずっと気がかりだったことを尋ねる。

「ウィズヴァルド様。なぜ貴方様は、わたくしを助けてくださるのですか?」

 魔王が口元に笑みを浮かべる。無言で手を差し出される。
 おとぎ話に出てくる気高い騎士のような優雅さ。どきどきしながら手を乗せると、魔王はラティエシアを導いて、ゆっくりと花園を歩き出した。

「魔界では、そなたが誕生したその瞬間から、そなたの存在を感知していたのだ」
「わたくしが生まれたときからですか!?」
「ああ。それほどまでに、そなたの魔力は強大であった」
「そうなのですね……」

 大渓谷で隔てられた魔界にまで伝わるほどに、私の魔力の強さは異常(・・)なんだ。
 暗い気持ちに引きずられて視線を落とす。

 すると、そっと手を握り締められた。

「ひとつ、そなたに隠していたことがある」
「隠していたこと、でございますか……?」

 ラティエシアが小首を傾げると、魔王が表情を引き締めた。
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