この恋は報われないはずだった
「ご馳走様、美味しかったよ。皿洗いは俺がやるから、楓は休んでて」
「えっ、いいよ、私が洗うよ」

 夕飯を食べ終わり、食器類を両手に持ってお兄ちゃんがシンクまで運んでいく。慌てて私もお兄ちゃんの後を追うとお兄ちゃんは、ん、と微笑んだ。

「それならさ、一緒にやろう。そのほうがはやく終わるし」
「わ、わかった」

 シンクに二人で並んで、お兄ちゃんがお皿を洗い、私がそれを拭く。なんてことない作業だけど、こうして二人で並んでいるとなんだか不思議な気分だ。

「なんだか懐かしいな。一緒に住んでた頃は、たまにこうして二人で皿洗いとかしてたもんな」
「そうだね、懐かしい」

 フフッと笑うと、お兄ちゃんが私の顔を見て優しそうに微笑んだ。うう、そんな顔で見つめないでほしい。思わず目をそらすけど、心の中が、じわじわと熱くなっていく。それと同時に、顔もなんだか熱くなっていくのがわかる。

「なあ。楓は、俺と離れていた期間、幸せだったか?」
「……え?」

 急に何を聞いてくるの。驚いてお兄ちゃんの顔を見上げると、そこには真剣な顔のお兄ちゃんがいた。どうして?どうしてそんな顔してるの?

「幸せ、だったよ。普通に、うん」
「そっか」

 私の答えに、お兄ちゃんはほっとしたように微笑むと、またお皿を洗い出した。





「幸せ、かぁ……」

 夕食の片付けが終わって、私は部屋に戻ってベッドに仰向けになって天井を見つめていた。

 お兄ちゃんにはあんな風に言ったけれど、正直言って胸を張って幸せだったとは言い切れない。なぜなら、私は前の会社で大失恋をしているから。

 同じ部署の先輩、(さとる)と二年も付き合っていたのに、実は聡には五年も付き合っていた彼女がいて、結婚の話が進んでいたらしい。その彼女に私の存在がばれたと同時に、私はあっけなく別れを告げられた。彼女は別部署の人で、私が浮気相手だと知ると社内に有る事無い事噂を流した。そのせいで私は社内で居場所を無くし、転職することになったのだ。

 聡に彼女がいるだなんて全く知らなくて、知った時はショックで頭が真っ白だった。さらに追い討ちをかけるように、彼女は私が二年も彼と付き合っていたことを知って怒り狂い、聡に対して怒るのではなく私へ怒りの矛先を向けて私が全て悪いように周囲へ言いふらしたのだ。

 そもそも噂を流されなかったとしても、あの場所に私の居場所なんてなかった。彼女の行動を止めることもなく私をあっさり見捨てた聡に心はズタズタに切り刻まれるような思いだったし、幸せそうな二人と肩を並べて仕事をしていられるほど、私は図太く生きられない。

 こんな私を、お兄ちゃんには絶対に知られたくない。知られたら、きっと呆れられてしまう。隠されていたとはいえ、人様の彼氏に手を出していただなんて最低な女だと軽蔑されてしまうかもしれない。
 お兄ちゃんにだけは、そんな風に思われたくないんだ。だから、私は絶対にこのことを知られてはいけない、知られたくない。

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