恋を知らない恋愛小説家は、イケメン担当者と疑似恋愛をする

初(疑似)デート

 それから1週間。私は、ひたすらデートのことで頭がいっぱいだった。ただの仕事としての情報収集なのだが、まるで本物の恋人との約束みたいに胸がときめく。

(あ、この気持ちも小説に生かせるかも)

 慌ててパソコンのメモに今の気持ちや胸の高まりを丁寧に書き起こしていく。

「…月森さんのこと、変に意識しちゃう」

 ただの恋愛小説家。たしかに編集担当としてお世話になっているが、ここまでしてくれるものだろうか。

「仕事。…仕事、だから」

 本気でデートしている気持になりつつも、月森さんには本気になってはいけない。

 そんな変なジレンマに、私は呻くしかなかった。

 

 

 デート当日。私は駅前で月森さんを待っていた。
 今日は、普段着ているものよりは少しだけ可愛らしいものを選んだつもりだ。でも、やはり自信がない。

「お待たせしました」

 スマホで時間を確認していると、駆け足で近寄ってきてくれた月森さん。彼は私服姿で、いつもよりも雰囲気が柔らかくなっていた。
 
 白いシャツに、黒のパンツ。それだけのシンプルなコーディネートなのに、なぜか目が離せない。普段とは違うラフな雰囲気の彼に、私の心臓はまた、ドクドクと音を立てる。
 
「お早い到着だったんですね。まさか待たせてしまうとは」
「い、いえ、全然大丈夫です!早い電車に乗れただけですので!」
 
 月森さんはほっと息を吐くと、改めて爽やかに微笑んだ。
 
「そう言っていただけて良かったです。…それにしても、先生の今日の服、すごく似合ってます。いつもと雰囲気が違って、とても可愛いですね」
「へ…?」
 
 月森さんの言葉に、私の顔は一気に熱くなる。 「かわいい」なんて、もう何年も言われたことがない。ましてや、月森さんのようなイケメンから言われるなんて…。
 
「そ、そうですか…?」
「はい。勿論、いつもの先生も好きですけどね」
 
 月森さんの言葉に、私の心臓はもう限界だった。
 
 これって、疑似恋愛ですよね?
 
 でも、彼の言葉は、まるで本物の恋人みたいに私の心に響く。

「……大丈夫ですか?」
「キャパオーバーです……」 
「ははっ。まだまだ畳み掛けさせてもらいますので、覚悟してくださいね。では、行きましょうか」
 
 月森さんが私の手を取り、歩き出す。突然のことに驚いて、私は声を上げることもできず、ただただ彼の手に引かれて歩くことしかできなかった。
 
 月森さんの手のひらは、少し大きくて、温かくて、そして、とても優しい。彼の温かさが、私の手から全身に広がり、私の心臓は、一向に落ち着いてくれない。
 
 このまま、彼の手に引かれてどこまでも歩いていきたい。疑似恋愛のはずなのに、私はもう、月森さんに恋をしてしまっているのかもしれない。
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