恋を知らない恋愛小説家は、イケメン担当者と疑似恋愛をする
 料理が来るまでの間、月森さんはスマホも触らずにニコニコと見つめてくる。折角なら、と思い切って聞きたいことを聞いてみる。
 
「あの、月森さん」
「はい、何ですか?」
「質問なのですが、…その、さっき手を繋いでくださったのは…」
 
 恐る恐る尋ねると、月森さんは少し照れたように笑った。
 
「ああ。先生の小説に手を繋ぐ場面をよく見るので、実践してみたんです。折角なら、少しでも得ることのできる情報を増やした方がいいかと思ったので事前に考えていたんです」
 
 彼の言葉に、私は心の中で拍手をする。

(過去の私、ファインプレー!!)

 手を繋ぐ場面を増やしてよかった。こんなイケメンから手を繋いでもらえるなんて、仕事とはいえ喜ばない人はいないだろう。そんなことを呑気に思っていると、月森さんは小さく呟く
 
「先生の小説は繊細で、でもどこか強さがあって…そんな先生の作品に携わりたいとずっと思っていました」
「え?」
「だから、書くための助力で来ていることが、僕は本当に嬉しいんです」
 
 純粋な思い。その行動に、私欲を含んでしまったことが今更ながら恥ずかしくなってしまう。

 そんな私の表情をどんな風に思ったのか、月森さんは申し訳なさそうに眉を下げた。
 
「ごめんなさい、ちょっと調子に乗りました。でも、本当ですよ」
 
 そう言って、月森さんは再び微笑んだ。その笑顔は、いつもの仕事の時とは全く違う、優しくて、少し甘いものだった。
 
「あ…あ、ありがとうございます…」
 
 それ以上の言葉が出てこない。ただただ、月森さんの言葉に胸がいっぱいになっていた。


 しばらくして、注文したドリンクとカルボナーラが運ばれてきた。
 
「さて、いただきましょうか」
「そうですね」

 早速、最初の一口を口に運ぶ。途端に広がるのは、濃厚な味とふんわりとした甘み。

「おいしい」 
「本当ですね。味もしっかりしているし、おすすめの理由がよく分かります」
 
 月森さんも少年のような笑顔でフォークを動かしている。味の好みが合ったようで良かった。
 
「デート、楽しいですね」
 
 そんな言葉と共に、悪戯な笑顔が向けられる。やはり、格好いい。
 
 疑似恋愛。仕事。
 
 気づけばそんなことは、もうどうでもよくなってしまうくらいに、私は月森さんという存在に心を奪われていた。
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