調香師の彼と眼鏡店の私 悩める仕事と近づくあなた
 その後、佐々木も合流して三人で営業を開始したが、今までにないほど連携がスムーズだった。

「佐々木、さっきのお客様の顧客情報ちょうだい。ついでに入力しておくから」
「あ、じゃあ私さっき売れた分を含めて追加発注表作っておきます」
「おう。サンキュー」

 紗奈が間に入らなくても二人が穏やかに協力しあっているのだ。
 たまたまかもしれない。けれど、紗奈にとってはこれ以上ないほど嬉しかった。

(これよ! こういう雰囲気が夢だったのよね)

 いつも二人のやりとりにビクビクしていたが、今日は自分の仕事に注力することが出来た。
 そしてあっという間に十一時。小笠原がやって来る時間となった――。



「いらっしゃいませ、小笠原様」
「以前購入した眼鏡を取りに来ました」

 いつも「小笠原さん」と呼んでいるのに「小笠原様」と声をかけるのは何だか恥ずかしい。彼もそう思っていたようで、二人で顔を見合わせて苦笑いをする。

「どうぞ、こちらへ」

 気持ちを店員モードに切り替えた紗奈は、いつも通りの接客を始めた。
 小笠原に眼鏡を何度かかけてもらって、微調整を繰り返す。様々な角度からフィッティング状態を確認していく。

「いかがでしょう。……こちらから見た状態は問題ありませんが、どこか違和感はございませんか?」
「大丈夫です。思った以上に軽くて違和感もありません」
「では、調整は以上になります」

 眼鏡をケースにしまい、袋に入れて小笠原へ手渡す。彼はそれを大切そうにそっと持ち上げた。

「ありがとうございます。……店員さん、あなたに対応していただけて良かった。僕の悩みに寄り添ってくれて、ありがとうございました」

 改めてお礼を言われ、紗奈の顔が熱くなる。そして喜びがじわじわと沸き上がってきた。

「小笠原様の助けになれたのでしたら幸いです。ありがとうございました」

 出口まで案内して頭を下げると、小笠原が紗奈も耳元にそっと顔を寄せた。

「今日の午後も、楽しみにしています」
「……っ!」

 紗奈が黙ってコクコクと頷くと、彼は満足そうに帰っていった。

(なんで私ドキドキしてるの……? 仕事なのに!)

 深呼吸をしてから仕事に戻る。ふと時計をみると、あと一時間ほどで退勤だ。
 浮わつく心を沈めながら、残りの案件をこなしていく。幸い客足が途絶え、事務作業に専念出来そうだった。

(残業もなく、定時で上がれそう)

 そう思っていた。
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