先生は悪いオオカミ様
先生は何も言わず、ただ遠くを見ていたけれど、その距離が急に近く感じられた。

「名前、なんだっけ?」

突然の問いかけに、胸が跳ねた。

「……白川結菜です。」

口に出した自分の名前が、春風に乗って先生の耳へ届く。

「かわいい名前。」

そう言って、斉藤先生はふっと微笑んだ。

「生徒の中で、一番先に覚えた。」

その言葉に、頬が熱くなる。思わず私も笑みを返した。

「私も覚えました。斉藤蓮先生。」

そう告げると、先生は口の端を上げ、いたずらっぽくニヤッと笑った。

「俺の名前覚えても、テストには出ないぞ。」

「でも、担任の先生の名前くらい覚えないと。」

軽く交わした言葉なのに、心のどこかで「この人と話す時間」が特別なものに変わっていくのを感じた。

その瞬間から、先生の笑顔は、私だけが知っていたい宝物になった。
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