憧れの専務は私の恋人⁉︎
「では、お仕事のことも聞いていいかしら。」
「もちろんです。」

 ようやく本題だ。気づかれないように小さく息を吐き出して、呼吸を整えた。

「智也さんは、日々どのような思いで仕事に向き合っておられるのですか?」

 背後で父が息を呑むのがわかった。業務に関してではなく、仕事の姿勢について問われている。またしても変化球だ。早川麗華は心の奥まで見透かすような鋭い視線をこちらへ向けている。目的はわからないが、取り繕った答えは通用しないだろう。

「私は……」

 頭の中に詩織の姿が思い浮かんだ。この話をするといつも詩織が嬉しそうな顔をする。俺は麗華に向けてはっきりと思いを伝えた。

「なるほど……そうですか。」

 その後も自分の立場や目標将来設計など、次期社長としての素質を見るような質問が続いた。もはや何が正解なのかわからない。とにかく必死に応え続けた。

「サイトウ、あれを。」

 麗華は、背後に影のように控えていた黒子のような人物から資料を受け取って、パラパラとめくりはじめた。

「では、業務に関して伺います。社長、智也さんの隣にいらしてください。」
「はい!」

 隣に父が並んでからが本番だった。まるで尋問のように次々と厳しい質問が投げつけられる。父が朝からぐったりしている理由がようやくわかった。

「……わかりました。」

 資料をめくる音だけが部屋に響いている。俺は息を殺して麗華の言葉を待っていた。しかし、麗華はいつまでも資料を見ていて何も言わない。そのうち、耐え切れなくなった父が小さな声で呟いた。

「あの……次期の出資の方は……」
「継続いたします。」

「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます。」

 新入社員並に元気な返事をした父と共に頭を下げた。父はずっと1人で早川麗華の尋問に耐えてきたのだ。これをいずれ俺1人でやらなければならないのかと思うと、少しだけ不安になった。

「サイトウ、お願い。」

 サイトウと呼ばれた黒子が襖を開けて出て行くと、俺は汗を拭った。尋問が終わったのなら早く帰らせて欲しい。掛け軸の龍と目が合った気がして思わず目を伏せると、再び黒子のサイトウが現れた。

「お連れ致しました。」
「入って良いわよ。」

 襖の向こうから顔を覗かせた人物を見た俺は、息を呑んだ──
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