戦火に散った町娘は、敵国の皇太子に奪われて
「こっちだ、イレーネ!」

兄の手は熱く、そして痛いほど力強かった。

引きずられるように走り抜け、たどり着いたのは町外れの小さな小屋。

壁は煤け、屋根は半ば抜け落ちているが、人目を避けるには十分だった。

「ここだったら、分かるまい」

兄は息を切らしながら扉を押し開け、私を中へ押し込んだ。

埃と乾いた草の匂いが鼻をつく。

足元には積み重ねられた藁束があり、兄はそれを荒々しく掴むと、私の体に被せてくる。

「いいか、誰もいなくなるまで出てくるんじゃないぞ!」

真剣な眼差し。

その目に映るのは妹ではなく、守るべき“命”だった。

兄が扉に手を掛ける。

「お兄ちゃんは⁉」

慌ててその腕を掴むと、荒い脈が指先に伝わる。

「俺は敵と戦う!」

その声は震えてはいなかった。

けれど私の胸は締め付けられる。
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