戦火に散った町娘は、敵国の皇太子に奪われて
「アレク……」

名前を呼ぶだけで、声が震える。

この人が欲しい――そう思ったのは、生まれて初めてだった。

彼の胸元に顔を埋めると、衣の上からも伝わる鼓動が耳に響く。

やがて、大きな掌が私の髪を優しく梳いた。

「イレーネ。」

低く響く声とともに、指先がゆっくりと髪を撫でる。

「美しい髪だ。」

ドキン、と心臓が跳ねた。

褒められ慣れていない言葉が、まるで宝石のように胸に落ちる。

「初めて見た時……なんて美しい人なんだろうと思った。」

真っ直ぐな声に、息が詰まる。

あの日、市場で交わした一瞬の視線が、彼の記憶にも残っていたなんて――。

「イレーネ。これから俺がすること、全部許してほしい。」

その声音は、囁きながらも逃げ場を与えない力を帯びていた。

「……うん。」

胸の奥で小さく応える。

たぶん今夜、抱かれる――そう思った。

それでよかった。
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