私の居場所は、先生の隣!
 放課後、駅から坂を上って、先生のアパートの前に立つのはもう何度目だろう。

 初めて来た日の緊張は、もう薄れていたけど、それでもドアをノックする瞬間は胸が高鳴る。

 「……入れ」

 短い声に迎えられて、靴を脱ぐ。

 畳の部屋は相変わらず物が少なく、机の上には湯飲みと数枚のプリントが置かれている。

 私はその隣に座り込み、持ってきたコンビニのお菓子を差し出した。

 「これ、食べます?」

 「……甘いのは苦手だ」

 そう言いながらも、一つだけ袋から摘まんで口に入れる。

 その横顔に、なんだか嬉しくなってしまう。

 宿題を広げていると、先生は黙って湯を沸かし、湯気の立つ湯飲みを私の前に置いた。

 「……ありがとう」

 視線を上げると、先生はなぜかすぐに顔をそらす。

 ふと、先生のペンが止まり、こちらに目を向ける。

 「陽菜……この問題、昨日より速く解けたな」

 「本当ですか?」

 「ああ。……やればできる」

 その声は、普段の冷たい調子じゃなかった。

 褒められたことよりも、その一瞬の柔らかさが胸に残る。

 帰るとき、玄関まで見送ってくれるのはいつも同じ。

 でも今日は、ドアを開けたあと、少しだけ間を置いて「……気をつけろ」と言った。

 何度も坂道を下っているのに、今さらそんなことを言うなんて。

 ……もしかして、先生も、私のこと……。

 そう思った途端、私は踊り出したくなる程で、ほんとにスキップとかしてる。

 気が付いた。

 私を呼ぶとき、いつの間にか、『森川』じゃなくて、『陽菜』になっていることを。
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