亡国の聖女は氷帝に溺愛される
 その日の夜、ヴィルジールから夕食の誘いがあったが、ルーチェは体調不良を理由に断った。実際はどこも悪くしていないが、今彼の顔を見たらアゼフのことを思い出してしまいそうだったからだ。

(理由があったとしても、本人のいないところであんな風に言うなんて……)

 家族を喪ったアゼフの気持ちは分からない。だからと言って、ルーチェが知らなかったヴィルジールのことを──それも人に聞かせるような内容でない話を、愉しそうに語ってきたアゼフに、同情心は湧かなかった。
 寧ろ、嫌な気分にさせられたものだ。

(──ヴィルジールさまは)

 ルーチェはベッドの上の枕に突っ伏した。

 娘と孫をヴィルジールに殺された、とアゼフは言っていた。それが事実であることは、ヴィルジールの幼馴染であるアスランが言っていたから、本当のことで間違いないだろう。

 ルーチェの知るヴィルジールと、ルーチェが知らないヴィルジール。知りたいと思うけれども、知ってしまったら何かが変わってしまうような気もして。

(ヴィルジールさまは、どうして皇帝になろうと思ったのかしら)

 ルーチェはもぞりと体の向きを変え、夜空にぼんやりと浮かんでいる月へと目を動かした。

 白銀色の月は淡く輝きながら、夜を照らしていた。
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