兄弟の溺愛に堕ちて
本当は、二人きりで出張に行きたいと思ってしまったのだ。

「頼むよ。」

短く告げた声は、いつも通り淡々としていた。

けれどその目の奥に、一瞬だけ揺らぎを見た気がした。

私の考えすぎだろうか。

蓮さんの腕に包まれた夜、私は確かに救われた。

孤独じゃないと、初めて思えた。

あの優しさを知ったはずなのに……目の前の一真さんの一言に、また心を持っていかれてしまう。

忘れたいのに。蓮さんの胸の中で、もう一真さんへの片想いは終わらせたつもりだったのに。

なのに今、こうして仕事の話をしているだけで、視線の端に映る横顔に胸が熱くなる。

――忘れようとすればするほど、意識してしまうのだ。

そして出張の日が来た。

私は「荷物係」として呼ばれたつもりで、肩に力を入れて駅へと急いだ。

だが、ホームで待っていた一真さんの姿を見て拍子抜けする。

足元にあるのは、黒いスーツケースひとつだけ。
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