もう恋なんてしないはずだったのに〜御曹司課長の一途な愛に包まれて〜
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仕事を早退し、ここにきてからどのくらいの時間が経っただろう。
ずっと空を眺めていたが、ここにいつまでもいる訳にはいかない。ようやく私は重い腰をあげ、エレベーターで地上に降りてきた。まだ家に帰る気にはなれない。だが、どこにいけばいいかわからず立ち尽くしていると前からやってきた女性に声をかけられた。

「えっと……渡瀬くんの彼女さんよね」

急に声をかけられ戸惑うが、彼女の顔を見てようやく思い出した。前回ここにきた後彼に連れて行ってもらったお店の人だ。

「はい、花菱日菜です。えっと、美波さん? ですよね」

「そうそう。今日は外回りなのかしら?」

買い物袋を持つ彼女は笑顔で私に話しかけてきた。きっと真紘さんが営業職だから私も回っていると思ったのだろう。

「違うんです。ちょっと、早退してきたんですが家に帰りたくなくなってしまって気分転換にここにきたんです」

情けないが、うまく取り繕うような言葉が出てこず正直に答えた。すると彼女は満面の笑みになり私の腕を引く。

「そうなのね。そんな日があってもいいと思うわ。家に帰りたくない気分ならうちのお店でお昼食べて行くといいわ。さ、行きましょう」

多少強引だと思ったが、やることが思いつかない情けない私はその手が少しだけ嬉しかった。美波さんは一方的に最近話題の話や面白かった話なんかをしてくれる。私は聞きながら相槌を打つだけだがなんだかそれが今の私には心地よい。あっという間にお店に着くと旦那さんは少し驚いた表情を一瞬浮かべていたが、すぐに笑顔になった。

「えっと、真紘の彼女だよね? いらっしゃい。さ、座って、座って」

カウンターを勧めてくれ、私は腰をかける。すると美波さんは温かいハーブティーを運んできてくれた。

「何を食べる?」

「あ、えっと……」

突然言われ、どうしたものかと悩むとすぐに誠さんが助け舟を出してくれた。

「ごめんな、美波はせっかちなんだ。もしよかったら適当に出すよ。真紘の彼女だから特別だ」

彼女でいられるのも後ほんの少しなのかもしれないのに、と思うと後ろめたい気持ちでいっぱいだが今はそれを口にするのも辛い。なんとか笑顔を繕うと誠さんはキッチンで作業に取り掛かり始めた。マリネやライスコロッケ、クラムチャウダーと量は少なめだが色々な料理を出してくれた。どの料理も美味しくて、胃袋が満たされる。そういえば昨日の夜も今朝も食事をしていなかったと今更思い出した。
私がお店に入って10分くらいした頃からランチにくる会社員の姿を目にし始めた。すると誠さんも美波さんもフル回転で動き始めている。よほどの人気店なのかふと外を見ると待っているお客さんの姿も見えた。
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