フェアリーヤーンが紡いだ恋 〜A Love Spun with Fairy Yarn〜
 集中して業務をこなした甲斐があり、配達指定の19時には帰宅できた。

 テーブルに置いた箱を前にして、いくら深呼吸しても胸の高鳴りは収まらない。立て膝になって、ゆっくりと蓋を開け覗き込む。


 「ああ、ありがとう。ありがとう、来てくれて。やっと会えた、ありがとう!」


 幾重にもプチプチで包まれた帽子の姿に、思わず笑みがこぼれる。


 「ぐるぐる巻きすぎだよぉ〜」


 けれど同時に伝わってきた。

 (こんなに大切にしてくれてるんだ……やっぱり、このショップ素敵だな)

 まるで卵を抱くように優しく取り出し、梱包を解くとさらに白い薄紙に包まれている。ハッと気づき、ミニキッチンのシンクで手を洗い直す。

 (手はきれいだけど……箱に触ったし。帽子ちゃんを汚したくないもん)

 それは里桜なりの、オーナーへの敬意だった。

 薄紙の上に、ふと目に留まった一枚のカード。それは既製品のときに入っているプリントのケア方法ではなく、美しい手書きで『いつもありがとうございます』と記されていた。

 里桜はカードを両手で持ち上げ、胸にそっと当てて思わず笑みがこぼれる。


 「……やっぱり、このオーナーさん素敵だなぁ」


 その笑みは、誰に見せるでもなく、ただ嬉しさが溢れて自然にこぼれたものだった。

 そして薄紙から顔をのぞかせた帽子を見た瞬間、


 「わぁぁ〜!」


 小さく囁くように声がもれた。

 両手で掲げ、目線より少し上に。内側のワインレッドの裏地の縁には、赤とグレーがかった黒い糸で一針一針、交互に並んだステッチ。派手さはなくとも、不思議と目を惹くアクセント。


 「おっしゃれ〜。カスタムメイドは違うなぁ」


 さらに表へ視線を移す。キャラメルカラーの落ち着いた色合い。幾何学模様のように整った編み目。指先には、柔らかさと確かな温もりが伝わってくる。

 そして左横に、小さな黒い妖精の刺繍。通常商品のタグではなく、手縫いで直接施されていることに胸が震えた。


 「……フェアリーちゃんまで……! 本当に特別なんだ」


 胸がじんわり温かくなる。

 (やっぱり、ここの帽子は『私だけの子』なんだ)

 特別なステッチを指でそっとなぞりながら、彼女はときめきを抑えきれずに呟いた。


 「次は、どんな子に出会えるのかな……」


 そう言って、帽子を大事そうに抱きしめた。

 ふと立ち上がり、玄関横の姿見の前へ。帽子をそっと頭にのせると、鏡の中の自分が少し背伸びしたように見えて、思わず口元がほころんだ。


 「……私も、ちょっと可愛いかも」


 そう呟いて、帽子をそっと抱きしめた。
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