フェアリーヤーンが紡いだ恋 〜A Love Spun with Fairy Yarn〜
三章:クロシェミニバッグ
 翌日。
 
 昼食を終えた里桜は、小さな化粧ポーチを持ってデスクへ戻ってきた。時計は12時45分。

 椅子に腰を下ろすと、眉間に皺を寄せながらケータイを凝視する。素早く指を動かしてサイトを開き、唇を噛みしめた。部屋に人がいることさえ忘れるほど、夢中になっている。

 ケータイの画面には『フェアリーヤーン』のサイト。

 (どうしよう……。昨日の可愛い帽子とお揃いで、クロシェのミニバッグ、めっちゃ欲しいんだけどなぁ)

 バッグはカスタムメイドで、オプションを含めると二万円弱。すでに帽子と春物ストールをオーダーする予定だから、これで三つ目。ボーナスのお小遣いの範囲内ではある。

 それでも指が止まるのは、彼女が高額な買い物に慣れていないから。『贅沢しすぎ』とか『無駄遣い』という言葉が、ポチリの邪魔をする。

 ふと目に入ったのは、デスクの上の化粧ポーチ。大学時代、アルバイトをして初めて自分のお金で買ったものだった。

 (今でも大切に使えてるのは、質が良かったからだし、ケアの説明書どおりにしてきたから……無駄遣いじゃないよね?)

 自分に許可を与えるように小さく頷き、再び指を走らせポチる。迷いは吹っ切れたらしい。



 そんな百面相をしている様子を、さり気なく、けれど注意深く伺っている人物がいた。主任の松本だ。不安げな顔をしている。

 ピロリン

 昼休み中の静かな部屋に通知音が響いたが、嬉しさのあまり彼女には届かない。

 里桜は小さく胸の前でガッツポーズをして、拳を震わせた。大きな笑顔と共に。

 (うふふ、また買っちゃった。帽子ちゃんとマッチ!)

 時間を見ると12時55分。慌てて水筒を持ち、給湯室へ。

 その間に通知を確認した松本は安堵の表情を浮かべ、フーッと息を吐いた。会議に向かうため席を立った彼は、里桜のデスクの前で足を止め、しばらくポーチをじっと見つめていた。

 そこへ、鼻歌まじりでスキップしながら戻ってきた里桜。デスクの前に立つ主任を見てギョッと立ち止まる。硬直したまま、主任の視線の先を追う。

 (あっ、やばっ! ポーチ出しっぱなし!)

 思い出すのは教育係だった松本の言葉。


 『デスクの整理ができない人間に、まともな仕事はできない』


 何度も淡々と無表情で言われたフレーズ。慌ててデスクに駆け寄る彼女。だが松本は察したように視線を外し、そのままドアへ向かって歩いていった。

 小言を覚悟していたのに、無言ですれ違った。その態度に戸惑いつつ、胸に手を当てて息を吐く。

 (はぁぁ〜、怒られなくてよかった。
 ……ほんと、何考えてるかわかんない、無表情マンは)

 そうつぶやきながら、慌ててポーチを引き出しにしまう。

 (でも気をつけなきゃ。昨日も浮かれすぎて睨まれちゃったし)


< 5 / 18 >

この作品をシェア

pagetop