フェアリーヤーンが紡いだ恋 〜A Love Spun with Fairy Yarn〜
 それから数週間後の昼休み。里桜は、副主任の東野恵子(とうの・けいこ)と雑談をしていた。

 四十五歳の東野と里桜は、並んでいるとまるで親子のように見える。


 「里桜ちゃん、そういえば新しいバッグはきたの?」


 何気ない問いかけに、里桜の顔がパァッと明るくなる。ゴソゴソとデスクの引き出しを探り、バッグを取り出した。


 「恵子さ〜ん、見てください! やっと昨日きてくれましたぁ〜」


 メリノウールブレンドの糸で編まれた、帽子と同色のキャラメル色のミニバッグ。財布と携帯、さらに単行本又は化粧ポーチが入るくらいの小さめサイズ。

 中にはチャック付きのミニポケットがあり、鍵をしまうのにちょうどいい。シルクコットンのワインレッドの中敷も帽子と同じで、鮮やかなアクセントになっていた。

 フラップで閉じる仕様で、マグネットボタンを『パチッ』と留めれば簡単には開かない。さらに肩紐には、長さを調整できる金具付き。

 今回もカスタムメイド。フラップの下には黒い妖精の刺繍。さらにフラップの裾には帽子と同じステッチが施されていた。

 フェアリーヤーンの商品愛を熱弁する里桜。その勢いに苦笑しながらも、東野は笑顔で相づちを打って聞いてくれる。

 少し離れた席の松本にも、二人の会話は聞こえていた。


 「もう、本当にこの編み目の美しさ! わかりますぅ、恵子さん? それに今回のカードメッセージがまた感激で。『いつも大切に使っていただき、ありがとございます』って」


 里桜が褒めるたび、松本の頬はほんのりピンク色になる。……そのことを知っているのは、余計な一言を口にしない大人の東野だけ。

 ややからかうように、東野が笑った。


 「じゃあ、里桜ちゃん。お金持ちの旦那さん見つけて結婚しないと。そしたら、たくさん買ってもらえるわよ」

 「えっ? 結婚なんて、しないですよ。私、モテないし、それに彼氏もいないし……」


 その瞬間、メモをとっていた松本のペンがピタリと止まった。小さく肩が反応する。

 その様子を横目で見た東野が、微かに口角を上げて声をひそめる。


 「じゃあ、松本主任は? 独身でイケメン。キャリアもあるし」

 「な、ないですって! それに松本主任は彼女さんいるって、女性社員さんたちがいつも言ってますよ」


 思わぬ言葉に目を見開く里桜。慌てて手を振りながら、小声で否定する。

 (ぜったぁぁぁい、ありえない! いくら条件がよくたって、無表情マンはない!!
 それに結婚なんて……。男性が絡むと(ろく)なことはない)

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