義兄の愛に人生観を変えられ……

 みどりのミスについては、大事になることなく、今まで通り仕事をしてもらっている。
 俺とは必要最低限の会話しかしていない。
 派遣期間が短いため、あと一ヶ月もすればまた会えなくなる日々が来る。自分の勝手な感情をぶつけて、苦しませるのは申し訳ない。
 心の中にある鉛のように重たい感情は伝えないまま墓場まで持って行こう。
 ただ、夢だけは諦めないでほしい。
 継母を悪くは言いたくないが、みどりの人生の進むべき道を全て決めてしまっている。
 服の色まで……
 自分を変えたくて、もがいている姿を見るのは、胸が痛い。
 小説を書いて、頑張ってほしいのだ。
 その気持ちだけはどこかで伝えたいが、それは余計なお世話なのだろうか。
「浅田さん、ちょっと」
 山川部長がみどりのことを呼んだ。おそらくミスをしてしまったし、派遣期間を伸ばせないという話をしに行くためだろう。
 あのたった一回のミス以外は、完璧に仕事をこなしていた。スピード感もあったし、量をこなしてもいた。
 派遣社員ではなく直雇用にしてもいいのではないかとの声も上がったほどだ。
 しかし山川部長は、残念だけど上層部がNGなんだと言っていた。
 もう会えなくなってしまうのかな。
 再び会って、やっぱり俺は一緒にいる空気感が好きだったし、小説を書いて、大好きな小説の話をして、楽しそうに笑っているあの可愛い顔っをもう一度見たいと思ってしまった。
 
 仕事が終わり、更衣室によるとノートが落ちていた。
 誰か落として帰ってしまったのだろう。
 中身をじっくり読むことはしないが、誰の落とし物なのか?
 手がかりがないかとパラパラとページをめくる。
 中には小説らしきものが書かれていた。
 もしかして、みどりの?
 心の中を覗くようなことをしてしまうのは申し訳ないが、どんなことを考えて、生きてきたのか気になって少しだけ読んでしまった。
『私の初恋は、大雪が降って学校に閉じ込められた日がきっかけだ。真っ白な私の心に、ピンク色や赤色のような感情が入ってきて本当に怖かった。あなたのようなカラフルな人を好きになってしまうのは正しい道なのだろうか』
 ……え?
 自意識過剰と今だけは思われてもいい。
 あの大雪の日のことを言っているのだろうか。
 一緒に暮らしていた時に、もしかして俺たちは心が通じ合っているのではないかと考えたことがあったけど、あれは偶然ではなかった?
 一筋の涙が頬を伝う。
 そして次の瞬間、次のコンペのアイディアが頭の中にぶあぁっと浮かび上がったのだ。
 それから一気に作品を仕上げていった。

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