指先から溢れる、隠れた本能。
第七章:日常の中の距離と甘い意識


 資料室でのあの夜から数日が過ぎ、蒼空さんと私は、表向きは普段通りの同僚としてオフィスの日常を過ごしていた。
 でも、心のどこかで、二人を結ぶ見えない糸が、確実に変わったことを感じていた。オフィスの廊下を歩くたびに、蒼空さんの気配が近くにあるだけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。ふと肩に触れられた瞬間、心臓が跳ね上がり、思わず息を呑んでしまう。蒼空さんの視線がちらりと私を捉えたとき、慌てて目を逸らしてしまい、頬が熱くなるのを感じる。


 「……蒼空さん、今日の資料、確認していただけますか……?」


 私の声は少し震えていた。普段なら淡々と話せるはずなのに、蒼空さんの前では言葉がうまくまとまらない。彼は柔らかく微笑み、静かに頷いた。


 「もちろん、六花の資料、しっかり見たいからな」


 その言葉は穏やかで、でもどこか含みのある響きがあって、私の胸を小さく高鳴らせた。 
 蒼空さんの声には、いつもとは違う、特別な温もりが込められている気がする。私は無意識に背筋を伸ばし、書類を渡しながら、彼の指先が私の手に触れないように気をつけた。でも、その気配だけで、体が熱を持ち、心がざわつく。普段の業務の合間にも、蒼空さんの存在が私の心の片隅を大きく占めるようになっていた。

 昼休み、資料室で二人きりになった瞬間、私は小さく息をついた。古いソファに腰を下ろすと、蒼空さんが自然に隣に座ってきた。彼はそっと手を差し伸べ、軽く私の指先に触れた。その一瞬の接触に、心臓がまた跳ねる。迷いながらも、私は彼の手を取った。指先が触れ合う感触が、まるで電流のように体を走り抜ける。



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