指先から溢れる、隠れた本能。


 それから一か月、何事もなく日々が過ぎていった。秋が深まり、街路樹の葉が赤や黄色に染まる頃、会社に健康診断の結果が届いた。デスクの上に置かれた封筒を手に、同僚の田中さんが軽い口調で声をかけてくる。


 「村松さん、結果置いておくね。ドキドキするよね、これ」


 田中さんに「ありがとう」と、少しぎこちなく笑った。周りを見ると、すでに封筒を開けて結果を確認している同僚たちがちらほらいる。
 だが、私にはその場で封筒を開ける勇気がなかった。誰かに見られるかもしれない、悪い結果だったらどうしよう──そんな思いが頭をよぎり、結局、封筒をバッグにしまい込んだ。

 仕事が終わり、寄り道もせずまっすぐ帰宅した。ワンルームの小さなアパートに着くと、私はコートを脱ぎ、ソファにどさりと座った。テーブルの上に置かれた封筒が、まるで生き物のように存在感を放っている。見ずにはいられないのに、開けるのが怖い。テレビをつけ、ニュースキャスターの声に紛らせようとしたが、気になって仕方ない。
 結局、寝る時間になってようやく覚悟を決め、震える手でハサミを手に取った。


< 4 / 51 >

この作品をシェア

pagetop