【改稿版】幼馴染との婚約を解消したら、憧れの作家先生の息子に溺愛されました。

6・近づく距離

 雨が、安浦家の屋根を静かに叩いている。日本家屋のこの家は、雨の音がとてもよく響く。
 この家に来てから数日が過ぎた。ここにいると、時間の流れ方が少し違って感じられる。忙しなかった日々が遠のいて、静けさが心にじわじわと満ちてくる。
 私は一通りの家事を終えた後、リビングでノートパソコンに向かっていた。

 ──もう、大丈夫。
 裕貴に原稿データを消されたときのショックは、思ったより根深かったけれど、ようやく乗り越えられた気がする。バックアップ用のUSBメモリからデータをパソコンに移し、止まりかけていた文章にゆっくりと手を伸ばした。
 
 途中までの文章を前に、深呼吸。
 大丈夫。消された内容は、頭の中にしっかりと残っている。
 少しずつ、言葉を積み上げていく。
 キーボードを叩く音と、雨音に包まれて、物語の世界に没入する。

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