黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「お姉ちゃんたちが結婚したって話はね、周囲にすぐに広まったの」

 お湯の用意をしながら、由奈が話し始めた。

 祖父の立場上、近隣でお店を営む人には糸貫庵を手放すことと合わせて私と光毅さんの結婚も明かさざるをえなかったのだろうと想像がつく。閉鎖的なところのある狭い地域だ。話はまたたく間に広まったのだろう。

「本当はみんなも、このままでは経営を続けられないって疲れていたんだと思う。でも、うちがただ旅館を手放したってだけだったら批判の声は確実に上がっていたはず。だって、反対派としてずっと手を組んできたんだもん」

 そうだろうなと、由奈の話にうなずく。

「そこにきて、お姉ちゃんたちの結婚でしょ? しかもお義兄さんに見初められて」

「う、うん」

 その設定で間違いはないが、実の妹に面と向かって言われるのは気恥ずかしい。

「中には思うところのある人もいたかもしれないけど、お祝い事に表立って水を差すこともできないじゃない。それにお義兄さんの人柄もあって、意外と好意的に見る人が多かったんだよ」

 この温泉街での光毅さんの評判は、反対派の人たちの間でもよかった。

「だから今回うちが糸貫庵を手放すって決めたのも、意外とすんなり受け入れられたんだよ」

 どうやら、光毅さんの目論見通りになっているらしい。

「お義兄さんのおかげだね。もちろん、あれほどすごい人に見初められた、お姉ちゃんの魅力のおかげでもあるけれど」

 実際には、そんな事実なんてない。
 でもそれをここで明かすわけにはいかず、「なによそれ」と軽く言い返すくらいしかできなかった。
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