黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 必要に駆られて結婚した相手に、これ以上踏み込んだ接触をするなんて光毅さんとしては不本意に違いない。
 ここは日本ではないのだし、こんな触れ合いをする必要ないのにと小さく息を吐き出す。

 彼の思惑を知らないままだったら、異性に免疫のない私はこの演技にすっかり騙されていただろう。裏で傷ついている女性の存在も知らず、愛されていると勘違いをして。

 異性に免疫のない私を思うように操るなんて、光毅さんには容易だろう。たとえその代償が、楢村さんを裏切ることだったとしても……と考えて、ハッとする。

 まさか、ふたりは割り切った関係だったりするのだろうか?

 私を空港まで送ってくれたときの彼女の態度も、険悪なものではなかった。てっきり悪意を向けられるかと思いきや、彼女は終始笑みを浮かべて私をもてなしてくれた。
 そんな余裕でいられるのは、気持ちが伴っていない関係だから……?

 私よりうんと経験があるだろうふたりの考えなんて、理解できそうにない。とりあえず今は、糸貫庵に関する約束が必ず実行されるのを見守るだけだと、迷走する思考に区切りをつけた。

「長時間の移動で疲れているだろうから、今日はホテルでゆっくり過ごそう」

 時間の感覚がなく、確認してみれば夕方だ。日本との時差もあってぼんやりしがちな私にとって、その提案はありがたい。

 イギリス滞在中に利用するホテルは、今回の出張で彼が視察したうちのひとつだという。

 タクシーに乗り込み、街並みや行き交う人たちなどの外の様子を眺める。
 すっかり夢中になっていたせいで、あっという間に目的地に着いてしまった。人生初の海外に、すっかりお上りさん状態だ。
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