黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 夜になり、仕事を終えた祖父母と居間で向かい合わせに座った。

「――それでね、私も旅館の仕事を手伝いたいって思っているの」

「手伝うって、依都。絢音屋の方はどうするんだ?」

 祖父がそう尋ねるのももっともだ。

「ごめん、おじいちゃん」

 突然の謝罪に、祖父が眉間にしわを寄せる。

「もう退職してきたの」

 祖父は厳しい人で、いい加減な事を嫌う。真剣に考えた結果だとわかってもらえるように、まっすぐに祖父を見つめた。

「……退職したって」

 突然の告白に、ふたりは絶句する。

「由奈がケガしたからとか、理由はそんなんじゃないの。絢音屋の仕事はやりがいがあったし、目標にしていた着付けの資格も取得できた」

 就職先に呉服屋を選んだのは、和服を着た祖母への憧れがあったから。それに、もしかしたらこの経験を糸貫庵でも生かせるかもしれないという下心もある。

 自分が主体となって糸貫庵を取り仕切る未来は手放しても、いずれ裏で支える存在になりたい。そんな希望を、私はずっと抱き続けてきた。

 由奈はそれを察していた節がある。帰省するといつも、彼女は私に着付けを任せてくれた。

「もとから、いつかは戻ってくるつもりだったの。それが今ってだけ」

「たしかに、依都はずっとそう言っていたが」

 廃れていくばかりのこの地を見ていると、どうにかしたいというもどかしさがどんどん募っていった。由奈のケガは、私が決断をする最後のひと押しをてくれた。

 祖父はそれだけ言うと、瞼を閉じて沈黙した。
 隣に座る祖母は、心配そうに私を見つめている。
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