黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「すまなった。依都が襲われたのは、俺のせいだ」

「や、ちょっと」

 光毅さんが頭を下げるから、慌てて上げてくれるようにお願いする。

「悪いのは犯人であって、光毅さんじゃないから。それに、ちゃんと助けてくれたじゃない」

 永田さんにいったいなにがあったのか、詳しい事情は知らない。
 けれどこれまで光毅さんを近くで見てきて、彼が一方的に悪いばかりじゃないと理解している。

「だから――」

 実際にケガをしたのは、私ではなくて光毅さんの方だ。今回の件について光毅さんは悪くないともう一度伝えようとしたが、ノックもなく開いた扉の音に遮られてしまう。

「光毅さん!」

 悲痛な声で彼を呼びながら取り乱した様子で飛び込んできたのは、楢村さんだった。

「楢村、ノックぐらいしろ」

 彼の苦言など、まるで聞こえていないようだ。その勢いに驚いた私は、慌てて手を離して場所を開けた。

「暴漢に、ナイフで襲われたと聞いたのよ!? とりあえず元気そうで、よかった」

 砕けた口調は秘書としてのものではなく、彼女の素なのだろう。ただひたすら彼の身を案じる楢村さんを、光毅さんは咎めなかった。それどころか、慣れたように受け入れている。

 彼女の目には、私の存在なんて入っていないようだ。

「たいしたケガじゃないから問題ない。それに、最初に襲われたのは依都の方だ」

 腕を示しながら大丈夫だと言うが、彼がケガを負ったという事実に楢村さんは泣きそうな顔になる。大切な人が死ぬかもしれない危機にあった現実に、こたえているのだろう。

 それからハッと我に返った彼女が、ようやく私の方を向いた。

「奥様、すみません。すっかり動揺してしまって。おケガはありませんか?」

「い、いえ、私は大丈夫ですから」

「ここに来るまでに、奥様は無事だと言うことと社長がケガをしたと聞いていたので……」

 この様子だと、ケガの具合まではわかっていなかったのかもしれない。

「おふたりともご無事で、本当によかった」

 ふたりが気安い関係であると露呈しているが、あえてそこには触れない。というより、触れられない。信頼し合ったふたりの間に、私の入る余地なんて見つけられそうになかった。
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