黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 それから間もなくてして、駆けつけた警察官に事情聴取を受けた。
 幸い私が襲われたのが人気のない場所だったため、事件について知っているのは関係者の数人にとどめられたようだ。

「帰ろうか」

「うん」

 タクシーを呼ぶか自分が運転すると楢村さんは主張していたが、光毅さんが「大丈夫だ」のひと言で止めた。
 私も心配したが彼に譲る気は微塵もないとわかり、行きと同様に運転をお願いする。

 乗り込んだ車内に、会話はない。
 光毅さんと結婚して一緒にいる時間が長くなり、沈黙すら心地よく感じていたはずなのに、今はなんだか気まずい。

 行きよりもずっと長く感じた道中は、終始重い空気のまま過ぎていった。

 マンションの駐車場に車を止めたところで、ようやくほっとする。彼に続いて部屋に向かうが、なにも語ろうとしないその背中は私を拒絶しているように感じた。

 ふたりの間に立ちはだかる見えない壁の存在に、そうかとひとつの結論に至る。
 楢村さんを裏切ることになっても私との結婚に踏み切るくらい、彼はいろいろと割り切っていた。仕事のためになるのなら、なんだってできてしまうのだろう。

 けれど刀傷沙汰に発展して、初めて事の重大さを感じたのかもしれない。

 一歩間違えば、人を……私を死なせていたかもしれない。場合によっては、それが楢村さんだった可能性もある。
 こんな事態になって、もう心を偽った関係など続けられなくなったのかと、嫌な想像に胸が苦しくなった。

 この無言は、私に別れを切りだすべきだという覚悟の表れの気がしてならない。

 光毅さんの仕事に対する姿勢は真っすぐだと、近くで見て、過去の功績に触れてわかっている。私に結婚を持ち掛けるような強引なところもあるけれど、それでも愛してもいない妻を蔑ろにするなんてことはいっさいなかった。

 今日だって体を張って私を守ってくれたし、大切にされていると感じているのも間違いではないはず。

 根本的に、光毅さんは悪者になりきれないのだろう。
 仕事だと割り切っていても、情けをかけてしまう。その中途半端な優しさが、私をどんどん追い詰めていくようだった。

 けれど、だからこそ酷い人だとわかっていても嫌いになれない。それどころか、不覚にも想いを寄せてしまった。
< 155 / 178 >

この作品をシェア

pagetop