黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 気を取り直して、歩きだそうとしたそのとき。

「依都さん?」

 男性に声をかけられて振り返る。

「ああ、宇和島さん。祖父と約束がありましたか?」

 説明会以外でも彼が頻繁に足を運んでいると聞いてはいたが、思っていた以上の頻度なのかもしれない。

「近くまで来たので、先ほど挨拶だけさせていただきました」

 今日はひとりで来ているのか、近くに秘書らしき女性の姿は見当たらない。
 人好きのする笑みを浮かべながら、宇和島さんがこちらに近づいてくる。

「お出かけですか?」

 そう尋ねた彼は、私のコート裾からのぞくデニムのズボンをチラッと見た。

「今日は仕事が休みなので、買い物に行こうかと」

「そうでしたか」

 時間が気になり、バス停のある方をチラッと見る。本数があまり多くないため、一本逃すと次の便が来るまで長い。

「よろしければ、お送りしましょうか?」

「え?」

 慌てて宇和島さんに視線を戻した。

「私もちょうど帰るところですし」

 彼のことはよく知らないし、対立関係にある間柄だ。敵意を無駄にむき出しにするつもりはないけれど、親しくするのもおかしい。

「もうすぐバスが来るので、大丈夫です」

「警戒させてしまったかな」

 苦笑する宇和島さんに、そうだと認めるわけにもいかず曖昧な笑みを返した。
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