黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「糸貫庵について、道中で聞かせていただければと思ったのですが」

 眉を下げてそう言う彼を、思わず凝視した。

「私の話を?」

 彼が糸貫庵のことを知ってどうするというのだろう。聞いたところで、宇和島リゾートは土地を手に入れたらさっさと建物を取り壊してしまうに違いない。

 思わず怪訝な顔をした私に、宇和島さんは再び苦笑した。

「私たちは、地元の方々と敵対したいわけではないんです。お互いに譲れるところはないのか。対話を重ねて妥協点を探り、両方にとって納得のいく結果を出したい。それにはまず当事者の思いや考えを知りたいんです」

 ぶれない真っすぐな視線が私を射抜く。

「依都さんのお話も、ぜひ聞かせていただけないでしょうか」

 立ち退くように説得する素振りはまったくない。
 話を聞いてくれると言うのなら、チャンスかもしれない。この人に糸貫庵のよさを知ってもらい、共存する道を見出せないだろうか。

「……お願いしても、いいですか?」

 遠慮がちな私に、宇和島さんは「もちろん」とうなずいた。

 少し先の駐車場に連れ立って移動する。たどり着いた先に置かれていたのは、社長という立場にふさわしい高級そうな車だった。
思わず彼と車との間で視線を往復させる私を、宇和島さんはくすりと笑った。

「さあ、どうぞ。乗ってください」

 助手席のドアを開けて、中へ促される。

「お、お邪魔します」

 汚してはいけないと、慎重になる。私がぎこちない手つきでシートベルトを締めている間に、彼も運転席に乗り込んだ。

「楽にしてください」

 そうは言われても、リラックスなどとてもできない。
 すっかり緊張しきった私を気遣いながら、宇和島さんはゆっくりと車を発進させた。
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