黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「私、許せないんです」

 表に人影はない。道を一本奥に入ったところをそっと覗く。そこには、スーツ姿の男女の後ろ姿が見えた。

「光毅さんはこんなに心を砕いているのに」

 痴情のもつれかと踵を返そうとしたそのとき、耳に届いた名前に動きを止めた。

「心配してくれてありがとう、楢村(ならむら)。けどな、仕方がないんだ。あの店主が職を失ったのは事実だ」

「だからって……」

 人目を避けるようにして声を潜めながら話していたのは、宇和島さんと彼の隣によくいる女性だ。

「事情はどうであれ、なんでもかんでも残せばいいというものじゃない。単に古いだけで、それ以上の価値がなければ切り捨てるのも仕方がない」

「でも」

「しかも、相手もあの場では納得していたんだ。こちらに落ち度はない」

 追いすがる女性の肩を、彼がポンポンと労わるように叩く。その距離感は上司と部下だというには不自然で、ふたりの親密さがうかがえた。

「楢村の気遣いはうれしいよ。それは素直に受け取る。君が秘書でいてくれて、俺は救われている。こうしてわかってくれる人がいるのなら、ほかからなにを言われようがかまわない」

 彼が彼女に一歩近づく。話の流れから宇和島さんは女性を抱きしめるのかもしれないと気づいて、慌てて身を翻した。

 あのふたりは、上司と部下であると同時に恋人同士なのかもしれない。彼女は彼を親しげに呼んでいたし、宇和島さんの方もずいぶん心を許していたように見えた。
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