黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 立ち聞きしていたのを見つかるわけにもいかず、その場を後にする。
 ふたりがどうしていようと、私には関係のない話だ。それよりも、彼の発言が私の心に深く突き刺さった。

「切り捨てるのも仕方がないって……」

 必死に頭を働かせながら足を動かす。

 彼らの話していた内容が、永田様から聞いた話とリンクする。

 再開発に賛成すれば、宇和島リゾートの好き勝手にされてしまう。糸貫庵はきっと跡形もなくなり、今勤めている従業員の再雇用なんて考えてももらえないと確信が深まっていく。

「そんなこと、絶対にさせない」

 四世代にわたって守ってきた糸貫庵を、ここで手放すなんてできない。
 あまり言葉にはしないが、祖父が旅館を残したいと思っているのは知っている。亡くなった両親だって、本当は自分たちの手で糸貫庵を守っていきたかっただろう。おぼろげながら両親が朝から晩まで旅館で働く姿を覚えているし、ふたりは人と接することが楽しいと話していた。

 由奈だって本当はもっと遊びたい年頃だろうに、地元にとどまって仕事漬けの日々を送ってきた。あの子は祖母のような女将になりたいと、今も努力を怠らない。

 利益だけを優先する宇和島リゾートに、糸貫庵を明け渡しては絶対にだめだと反発心が大きくなる。悪魔とまで言われる彼の口車になんて乗せられるものかと、ぐっと手を握りしめた。


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