黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「外国人観光客の呼び込む手段のひとつとして、この糸貫庵を〝日本らしさ〟の象徴にしてはどうかと、部下から提案がありました」

 それはどういう意味かと、興味を惹かれる。

「糸貫庵には、古くから通う常連客が多くついている。何度か視察をさせてもらいましたが、建物は文化的価値が高く、多少の手入れは必要でしょうかまだまだ十分に生かせる」

 よどみなく堂々と語られると、そうなのかとすべて納得してしまいそうだ。結婚を申し込まれた衝撃は頭の片隅に追いやられ、すっかり彼の話に聞き入っていた。

「一部の改築や移築等、検討する事案はありますが。糸貫庵の名前と外観はそのまま残し、外国からの観光客に向けて日本の暮らしを体験できる宿泊施設にしてはどうかと考えているんです」

 思わぬ提案に、さっきとは違う意味で胸が高鳴る。祖父も祖母も、具体的な場面を想像していながら彼の話に耳を傾け続けていた。

「私たちが進めている計画にもリミットがあります。しかし、私の力不足でなかなか理解を得られていないのが現状です」

 申し訳ないとでもいうように、宇和島さんが眉を下げる。

「私たちは、そちらの誠意を見せてほしくて反対しているわけではないんだが」

 見返りを求めているわけではないと祖父が否定すれば、彼も当然わかっているとうなずいた。

「社内で協議を重ねた結果、糸貫庵を含むこの近辺の開発については、宇和島不動産の傘下の会社が主導で建設も経営も担っていく心積もりでいます」

 自社ですべてを賄えば、いろいろな面で無理が効くのかもしれない。

 温泉街は、段階的にオープンしていくと聞いている。
 そうだとしても、すでに建設が始まっているエリアとの時間的な差は開きすぎている気がしていた。
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