黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 中庭を後にして、彼らから少し離れて後に続く。

 私からは結婚についてふたりで話がしたいと声をかけてあるのに、この場に楢村さんを伴ってくる意味がわからない。

 やはり私には結婚をすると思わせておいて、目的を達成したらなかったことにするつもりか。それとも仕事ありきの話だというのが本音で、だから秘書も同伴させたのか。

 楢村さんとしては、監視の意味も込めて一緒にいるのかもしれない。

 ここで堂々と出ていく勇気はないし、きっかけもなくしてしまった。
 そっと後をついていきながら、声をかけるタイミングを見計らう。

「仕事はもう終わったんだ。楢村は帰れ」

「あなたに言うべきことを伝えてからです」

 立ち聞きするのはダメだと思いつつ、聞こえてしまうのだから仕方がないと開き直る。
 週末だというのに、ふたりはそろって働いていたらしい。

「それにしても、なにもこんなふうに結婚の話を出さなくてもよかったのでは?」

「こんなふうもなにも、これが最善の方法だ」

 予約した部屋の前で、ふたりが立ち止まる。
 心配そうな声音の楢村さんに対して、宇和島さんは少し苛立っているらしい。

「だからって……」

「あの旅館のネームバリューは十分に利用価値があると、これまでの調査で楢村もわかっているはずだ。これは会議でも確認した、社内の共通認識だ」

 糸貫庵の話だと、ピンっと来る。
 いつもと違って口調が荒々しく感じるが、こちらが彼の素なのだろう。

「うちが辺り一帯を買い上げて好き勝手したと思われるよりも、古きよきものを残した再開発だとなれば印象もいい。そこに俺が老舗旅館の娘を見初めたとなればそれなりの話題になるだろうし、地元との共存を大事にしたいというメッセージ性を強く打ち出せる」

 やはり、端から私たちをだますつもりだったらしい。彼を信頼する祖父母や由奈のことを思うと、やるせない気持ちになる。
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