黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 宇和島さんはこれまでも、こうやって人を騙して成功を収めてきたのだろうか。そうだとしたら、周囲から恨まれるのも仕方がない。

「美談が広まれば、ほかの地域での再開発も住民に受け入れられやすくなるんじゃないか」

 それは言いすぎかと、宇和島さんが自嘲気味に笑う。

「そんな言い方をしなくても」

 すごく惨めだ。

 彼の求婚を本気にしたわけじゃない。

 でも糸貫庵の名前と建物を残すと提案されたとき、真っ先に感じたのは喜びだ。あり方が変わったとしても、かけらだけでも糸貫庵を残せるならと期待が膨らんだ。

 だってあのとき、言葉にこそしなかったものの祖父母が小さく安堵の表情を浮かべたのに気づいていたから。
 だから私は、旅館も家族も守るためならなんだってするって決意をしていた。この人の話が本当に信用できるのなら、手段を選ばない。

「私、光毅さんを信じていますからね」

 ふたりは今、どんな表情をしているのだろう。少なくとも彼女の声からは、必死さが伝わってくる。
 楢村さんが宇和島さんを愛しているのなら、それも当然か。彼はほかの女に結婚を持ち掛けようとしているのだから、不安になるのも仕方がない。

「ありがとう。楢村からの信頼は、なによりも心強い」

 それまでよりもずいぶん柔らかな声音で、宇和島さんが返す。

「それでは、私はここで」

 楢村さんが動きだす気配にハッとする。慌てて身なりを整える。それから、いかにも今来たかのように取り繕った。
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